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1万人を面談した産業医が考える「働き方改革」を誰も推進したがらない本当の理由

HARBOR BUSINESS Online 2/26(日) 16:20配信

 昨今の過重労働(長時間労働)や違法残業が多くのメディアで取り上げられています。

 そのような中、残業時間に年間720時間の上限を設けたり、毎月最終金曜日は3時とするプレミアムフライデーの導入が検討されています。

 ワークライフバランスは大切です。しかし、安倍内閣の推奨する働き方改革は、過労死という言葉に代表される日本人の働き方の問題を本当に解決してくれるのでしょうか?

 1万人の働く人と面談を通じて経営陣と労働者双方をみてきた産業医の答えは残念ながら「否」です。今回はその2つの理由と、この問題の解決の方向について述べてみたいと思います。

◆会社に“滞在していること”が評価される価値観

 まず第1に、いろいろな名称で労働時間に制限や強制的な休養時間を設けても、その分の仕事を“いつ”“誰が”やるのかが解決できなければ、自分にそのツケ(仕事)が回るだけとなることが明らかだからです。

 このような指摘には毎回仕事の効率化・合理化が声高に唱えられます。効率化により、仕事時間を減らしてその時間を休みにしようというわけです。ごもっともですね。しかしここに、長年解決できていない問題が潜んでいます。

 それは会社に“滞在していること”を評価してしまう価値観です。成果(結果)主義が声高に叫ばれる中、結果を出すために時間を投資する(残業を多くする)人たちもいますし、反対に、結果が出ないからこそ、会社に“いる”ことで“やる気”を示そうとしてしまう人たちもいます。週40時間を超えて働かない権利や有給休暇を取得する権利は、働く人の持つ数多くの不安の前に実行できていないのが現状です。

 その対策としては、人々の意識改革のみならず、各労働者の仕事の成果を時間あたりで評価するような“時間軸”を含んだ評価方法の導入が必要なのかもしれません。実はこのことに気がついている企業はそれなりに多いと思います。しかしながら、“時間あたりの結果”という人事評価制度が普及しないのはなぜでしょうか。そこに、私が働き方改革を進めても結局は何も変わらないと考える2つめの理由があります。

◆仲間をクビにする勇気はあるか?

 第2の理由、それは本当に仕事が効率化・合理化されると、自分自身の仕事がなくなってしまう可能性を多くの担当者が気づいているということです。たとえ今自分は職を失わないとしても、自分の推奨した合理化の結果として同僚が職を追われるという事実、「自分もいずれは……」というリスクを背負う気持ちを、私たちの多くは持ち合わせていないのが実情ではないでしょうか。

 終身雇用を前提にその対価として会社に身も心も時間も捧げ、忠誠を果たしてきた自分や仲間の仕事をクビにする(クビの危険に晒す)大義はそうそう誰も持っていないのです。これは数年ごとに国家公務員の天下りが問題になっても結局はなくならないことからも明らかです。日本における負の文化、“お互い様”なのです。

 外国では雇用の流動性が日本よりもありますので、転職に対するハードルは日本よりは低いと聞きます。景気の波に応じて雇用者の人数が増減することは、いいこととは言い切れはしませんが、みな慣れたものです。雇用の流動性は日本における働き方改革実現のための解決策につながる基礎的な部分になるでしょう。しかし、それには時間がかかりすぎます。

 ではどうすればいいのでしょうか。

◆日本の有給消化率は世界ワースト!

 私は日本人のワークライフバランス推奨のために新しい制度は必要ないと考えます。それよりも現行の制度をしっかり活用することこそが近道でしょう。例えば、有給休暇の取得率の向上を企業単位で目指すことです。有給を取ることは、気分転換になるだけでなく、直接残業時間を減らすことにもなります。なぜなら、休んだ日は、そもそも残業ができないからです。

 現在、日本の有給休暇取得率の平均は約47.6%です(参照:「平成27年就労条件総合調査結果」)。エクスペディア・ジャパンの調査では、有給休暇消化率を国別に比較すると、2016年は日本が50%で、アメリカやドイツ、韓国など主要28か国中、世界最下位だったとのことです(参照:有給休暇国際比較調査2016)。

◆有給消化率を改善させた”ある企業”

 政府は2020年には有給休暇取得率70%を目標にしています。

 その実現のためには、新たな制度を設けるよりもまずは、このことに集中するべきではないでしょうか。実現のために行政にいい具体案がなくても、民間における有給休暇取得率の高い企業の事例をどんどん紹介してくれれば、社員が参考にできるものがあると感じます。

 例えば北海道を代表するお菓子「マルセイバターサンド」を製造する「六花亭」は過去20年間、有給取得率が100%です。そこには作業効率の見直し、設備投資による作業時間の短縮、社内旅行を制度化するなどさまざまな施策があったようです。

 また、オリックスでは年次有給休暇を連続5日間以上取ると最大5万円の奨励金が出る制度を2017年4月から導入し、有給休暇の取得率を現在の65%から80%以上へ上げることを目指しています。

 この2つの事例の背景にあるのは、単なる「早く帰りましょう」「有給取りましょう」の推奨ではなく、従業員各々が趣味を楽しめる形を作り出した結果、従業員主体で作業効率が見直されたり、個々人の技術向上があり、それが働く時間の短縮につながったのだと推測します。

 現在進行中の働き方改革は働き方の効率化や合理化、時間的要素を含めての評価などに踏み切れない日本企業の負の文化を、働き方改革と称して形を変えることで、目新しく対策した気になるだけのような気がしてしまうのは私だけでしょうか。

 残念なことに、どこの会社にもありそうで、解決できなさそうなこの問題は、やがて「解決不可能な問題を議論しても意味がない」としてうやむやになり、これからも「変わらない予感」が漂ってしまっています。

<TEXT/武神健之>

【武神健之】

たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある

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最終更新:3/2(木) 2:57

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