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銭湯絵師という仕事――田中みずき

nippon.com 3/1(水) 11:58配信

銭湯にある大きなペンキ絵を描く絵師は、全国でわずか3人。唯一の若手として伝統を将来につなげる役割を担うのは、大学で美術史を専攻してこの世界に魅せられた女性だ。

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田中 みずき TANAKA Mizuki
1983年大阪生まれの東京育ち。明治学院大学で美術史を専攻。在学中の2004年に銭湯ペンキ絵師の中島盛夫さんに弟子入りして修行を始め、2013年に独立。同年、便利屋を営む駒村佳和さんと結婚。現場では、駒村さんに足場を組んでもらうなど2人で協力して仕事をする。現在は銭湯をはじめ、個人宅、店舗や介護施設など全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作。銭湯の魅力を伝える活動にも力を入れている。ブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」を逐次更新中。

集中力と体力が勝負

銭湯と聞いて、ノスタルジーを感じる中高年の日本人は多い。かつて毎日のように近所の銭湯に通うのが日常の一部だった記憶があるからだ。1960年代半ば以降各家庭への内風呂の普及が進み、68年の1万8千軒をピークに銭湯の数は年々減少して、現在では2625軒(2016年4月全国浴場組合調べ)。銭湯と言えば、湯船の上に裾野を広げる富士山のペンキ絵が目に浮かぶが、かつては数十人いた銭湯絵師も、今は3人しかいない。最長老の丸山清人さん(81歳)、昨年11月、国が卓越した技能者を認定する「現代の名工」の1人に選出された中島盛夫さん(71歳)、そして唯一の若手、30代の田中みずきさんだ。

1月のある日、田中さんは東京都江戸川区葛西の「仲の湯」で朝8時ごろから女湯の湯船に足場を組み、ペンキ絵の作業に取り掛かっていた。銭湯の定休日に丸1日かけて女湯、男湯の絵を仕上げる予定だ。絵の大きさは、幅約6メートル、(湯船からの)高さ3メートルほど。はしごをかけて、天井付近の空から塗っていく。

仲の湯で以前ペンキ絵を担当した故・早川利光さんが描いたのは、青々とした鮮やかな富士山だった。ペンキ絵は劣化するので、数年ごとに古い絵の上に新しい絵を塗り重ねていくことが多い。その際、同じ富士山でも、右、左の位置をずらしたり、色味を変えて赤富士にしたりなど、前とは異なる絵にすることが鉄則だそうだ。男湯、女湯ではそれぞれ絵の風景も違う。

田中さんの作業は、現在ある絵のペンキの剥げた部分を削り取るところから始まる。そして空、雲、前景、遠景、富士山と、バランスを見ながら刷毛(はけ)を重ねて仕上げていく。細かさと大胆さ、集中力、そして体力が必要な仕事だ。女湯側を描き終えると、男湯側に移動。ようやく絵が完成したのは夜の9時近くだった。前の絵と比べると、色調の柔らかい、優しい富士山の光景だ。

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最終更新:3/13(月) 9:55

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