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スペースX、2018年に2人の民間人を月へ打ち上げへ。その狙いとは?

3/2(木) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 イーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXは2月27日(現地時間)、2018年に月へ向けて有人宇宙船を打ち上げ、帰還させると発表した。

 宇宙船に搭乗するのは2人で、ただしNASAなどの宇宙飛行士ではなく、民間人の”旅行者”だという。この2人はすでに運賃の一部を手付金として支払っており、今年の後半から宇宙飛行に向けた訓練を始めるという。この2人の氏名や支払った金額などは、今はまだ明らかにされていない。

 今回の発表は、事前に一切内容は明かされず、うわさすら流れないなど、まったくの青天の霹靂であり、さらにトランプ大統領がNASAの有人月飛行計画の前倒しを要請する動きを見せていた中での発表となったことで、大きな波紋が広がっている。

 はたしてスペースXのこの”月世界旅行”は実現するのだろうか。そしてその狙いはどこにあるのだろうか。

◆1週間の月世界旅行

 今回発表された月世界旅行は、スペースXが開発している有人宇宙船「ドラゴン2」と、同じく開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」を使用して行われる。

 ドラゴン2に乗った2人の旅行者は、ファルコン・ヘヴィで米国ケネディ宇宙センターから打ち上げられ、月へ向かって飛ぶ軌道に入る。

 そして約3日、宇宙を航行した後、ドラゴン2は月に接近。そしてマラソンの折り返し地点のように、月の裏側をぐるりと回って進路を反転させ、今度は地球に向かって飛行する。そして最後は地球の大気圏に再突入し、陸か海に着陸する。打ち上げから帰還までは約1週間の旅となる。

 こうした、月の裏側を回って帰ってくるだけの軌道を「自由帰還軌道」と呼ぶ。あらかじめこの自由帰還軌道に宇宙船を乗せれば、あとはエンジンを噴射するなどの作業をすることなく、宇宙船は自然に月へ行って帰ってくることができる。少ないエネルギーで地球と月との往復ができ、なおかつ放っておいても地球に帰ることができるため比較的安全であることも特長である。

 ただ、アポロ計画のように、月の周回軌道に入って、月のまわりを何周もしたり、月面に着陸するようなことはしないので、ちょっと物足りないかもしれない。それでも、眼下に広がる月の大地を思う存分眺めることはできるだろうし、月の地平線から上がってくる地球も見ることができるはずで、想像をはるかに超える旅になることは間違いない。

◆民間人による月への宇宙旅行

 今回の発表の最大の衝撃は、宇宙船に乗り込むのがNASAなどの宇宙飛行士ではなく、一般の民間人であり、彼らが運賃を払って行われる、完全な「宇宙旅行」であるところだろう。

 今回の発表では、月世界旅行に向かう2人が誰なのかは明らかにされておらず、また彼らが支払う運賃の額についても不明である。ただ、ざっと考えて1人あたり100億円はかかるはずであり、それだけのお金を出せるということは、名前を聞けばすぐにわかるほどの相当な大富豪(実業家やスポーツ選手)であろう。

 すでにこれまでも、7人もの宇宙旅行者が20~30億円の運賃を支払い、ロシアの宇宙船で宇宙に行っているため、月世界旅行に100億円を出す人がいるというのはありえない話ではない。すでに手付金を支払っているということからしても、くだんの2人が、本気で月に行こうとしているのは間違いない

 またスペースXは「(月への旅行は)1回きりのものではなく、より多くの人があとに続くだろう」として、他にも月世界旅行への参加を希望する者がいることに含みをもたせている。

◆まだ未飛行の新型ロケットと新型宇宙船

 もっとも、本当に2018年に実現するのか、安全性は大丈夫なのかなど、疑問は多い。

 今回の月世界旅行で使われるドラゴン2とファルコン・ヘヴィは、どちらもまだ開発中で、一度も実際に飛行したことがない。

 現時点でスペースXは、ファルコン・ヘヴィは今年夏ごろに試験打ち上げを行い、ドラゴン2も今年中に無人での初飛行を行い、来年の春ごろに初めて人を乗せた飛行を行うことを計画している。

 つまり予定どおり2018年に月へ向けて飛ばすためには、今後の開発や試験が順調に進み、無事に完成することが必要不可欠となる。しかし、すでに当初の予定から開発はずるずると遅れており、2018年までに月への飛行はおろか、今年中に試験飛行できるかどうかもまだわからない。

 また、予定どおり完成しても、安全性の問題がある。国際宇宙ステーションへの飛行とは異なり、月へ向かうとなると、行って帰ってくるのに1週間はかかり、途中下車もできない。アポロ計画が死者を出すことなく成功したのは、搭乗している人間がすべて厳しい訓練を受けた宇宙飛行士だったからであり、だからこそ「アポロ13」のような事故が起きても、無事に帰還することができた。

 しかし、今回搭乗するのは、訓練を受けているとはいえ、民間人である。もちろん宇宙船は自動操縦で飛ぶので、彼らが直接宇宙船を操縦する必要はないし、電子機器の性能や信頼性は、アポロのころと比べ飛躍的に向上しているため、総合的に見ればアポロよりも安全ではあるだろう。

 それでも、不測の事態が起こるのが宇宙飛行である。イーロン・マスク氏も、「危険を最小限にするためにできることのすべてをやります。しかし、危険はゼロにはなりません」と語り、リスクがあることを認めている。

◆確実に近付く宇宙旅行時代

 一方で、明るい側面もある。

 スペースXはすでに無人の補給船「ドラゴン」を開発し、地球から国際宇宙ステーションへ補給物資を運び、逆にステーションの実験で生み出された成果物などを地球を持ち帰る、往復飛行を何度も行っている。ドラゴン2はこのドラゴンをもとに開発されているため、(もちろん無人と有人で違うところはたくさんあるが)完成しない見込みはない。

 またファルコン・ヘヴィも、まったくのゼロから開発されているわけではなく、既存のロケット「ファルコン9」を組み合わせて造られるので、ドラゴン2と同様に、ある程度開発のリスクは抑えられている。

 開発が遅れているのは事実であり、2018年に月へ飛行できるかの保証もないが、時間にこだわらなければ、いつかは完成し、月へ飛べる日は来るだろう。

 また、月への飛行に危険があるのも事実だが、一方で冒険とは危険を承知で挑むべきものであり、尻込みしていてはいつまでもは訪れない。「リスクがあるからやらない」のではなく、「やるためにリスクを下げる最大限の努力をする」という姿勢は評価されるべきだろう。

 何より明るいのは、この冒険のためにお金を出したのが、NASAなどの政府機関ではなく、2人の民間人ということである。さらに、他にも興味を示している人がおり、スペースXも1回きりで終わらせるつもりはないとしている。

 スペースXによる月世界旅行が、年に数回でも定期的に行われるようになれば、同社にとって収入源の一つになり、より安価で安全な宇宙船が飛ぶようになるだろう。さらに他の企業も宇宙旅行を始めるようになるかもしれない。

 このスペースXの月世界旅行をきっかけに、私たちも宇宙旅行に行けるような時代がやってくる――というのは楽観的すぎるかもしれない。それでも、そんな時代が少しずつでも近付いてきていることは間違いないだろう。

◆イメージ戦略? トランプ大統領へのアピール?

 残るもうひとつの疑問は、なぜこの時期に、この計画を発表したのか、ということである。

 好意的に解釈すれば、月世界旅行に参加する2人との間で正式に契約が交わされたタイミングだから、あるいは公表する合意が得られたから、といった理由が考えられる。

 一方で、スペースXにとってはさまざまな批判を払拭する狙いもあるかもしれない。

 スペースXは2015年6月にロケットの打ち上げに失敗し、昨年9月にもロケットの爆発事故を起こし、信頼性に不安の声が出ている。またここ数年、低価格なロケットを武器に、人工衛星打ち上げ受注を多数得ていたが、事故の影響もあって捌ききれておらず、不満や批判の声も上がっている。

 また、ドラゴン2は当初、2017年から地球と国際宇宙ステーションとの間で、宇宙飛行士の輸送に使われる予定だったが、開発が遅れたことで予定も遅れ、現在は2018年か、あるいは2019年までずれ込みかねないという懸念が生まれている。

 そこで、今回のような派手な発表をすることで、こうした不満や批判の声をいくらか払拭する、あるいはそらす狙いがあると考えられよう。

 また、もうひとつ考えられるのは、トランプ大統領へのアピールである。

 NASAはトランプ大統領とその宇宙政策アドヴァイザーはつい最近、NASAが計画を進めている有人月飛行の予定を前倒しできないか、検討を要請していると報じられている。

 もともとNASAは、2018年に無人の宇宙船を月へ飛ばし、その後2021年に人を乗せて月へ飛ばすことを計画しており、そのための宇宙船とロケットの開発も進んでいる。

 しかし、トランプ大統領の現在の任期は2021年1月で終わるため、再選されない限り、トランプ氏が大統領であるうちに、”アポロ計画以来となる月への有人飛行”という歴史的な快挙を見届けることはできない。そこで現在の任期中である2018年の試験飛行で、いきなり人を乗せて飛ばそうとしているのである。

 この動きは、無謀だとして非難の声があがるなど、ここ最近米国の宇宙業界では話題になっていた。そこへ、スペースXがタイミングよく今回の発表をぶつけてきたことは、トランプ大統領に対して「NASAよりもスペースXのほうが先に月へ行けますよ」とアピールすることになる。

 またスペースXは米国の企業であり、ロケットや宇宙船の製造も米国内で行われているため、スペースXがNASAより先に、ふたたび月へ人を送ったとしても、それは「偉大なアメリカ」が成し遂げたことになる。

 もっとも、イーロン・マスク氏は今回の発表の中で、「もしNASAが先に月へ行きたいと言うなら、当然NASAのほうに優先権があります」と述べ、NASAへの配慮を忘れなかった。ただ、本心ではどう考えているかはわからない。

 今回のスペースXによる、野心的な月世界旅行計画の発表は、当分の間、米国の宇宙開発をかき乱すことになりそうである。今後の行く末に注目したい。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。

Webサイト: http://kosmograd.info/

Twitter: @Kosmograd_Info

【参考】

・SpaceX to Send Privately Crewed Dragon Spacecraft Beyond the Moon Next Year | SpaceX(http://www.spacex.com/news/2017/02/27/spacex-send-privately-crewed-dragon-spacecraft-beyond-moon-next-year)

・SpaceX to send two private citizens around the moon and back – Spaceflight Now(http://spaceflightnow.com/2017/02/27/spacex-to-send-two-private-citizens-around-the-moon-and-back/)

・SpaceX announces plan for circumlunar human mission – SpaceNews.com(http://spacenews.com/spacex-announces-plan-for-circumlunar-human-mission/)

・SpaceX to fly 2 people around Moon in 2018 – SpaceFlight Insider(http://www.spaceflightinsider.com/organizations/space-exploration-technologies/spacex-fly-2-people-around-moon-2018/)

・NASA Statement About SpaceX Private Moon Venture Announcement | NASA(https://www.nasa.gov/press-release/nasa-statement-about-spacex-private-moon-venture-announcement)

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