ここから本文です

名手ピルロがバルサ移籍に近づいた過去を告白 「試合後、グアルディオラ監督に呼ばれて…」

3/7(火) 13:55配信

Football ZONE web

フランス紙のインタビューでミラン時代のエピソードを語る

 アメリカMLSのニューヨーク・シティFCに所属する元イタリア代表MFアンドレア・ピルロが、フランス紙「レキップ」のインタビューに応じ、過去にバルセロナ移籍寸前までいったことなどを明かしている。

「2017移籍金評価額トップ100」を発表! 欧州5大リーグで100億円を超えるのは…

 ピルロはイタリア北部のブレシアでデビューすると、1998年にインテルへ移籍。しかし、名門のトップ下を務めるには若き日のピルロのフィジカル能力は弱すぎ、レッジーナや地元ブレシアへの期限付き移籍を繰り返した。そして、2001年に同じミラノのライバルであるACミランに移籍すると、ピルロは“レジスタ”としてブレークした。

 当時のカルロ・アンチェロッティ監督は、4-3-1-2システムのセンターハーフにピルロを起用。当然、フィジカル能力の弱さから不安説が噴出したが、両脇を固めるイタリア代表MFジェンナーロ・ガットゥーゾとオランダ代表MFクラレンス・セードルフの助けも得て、中盤の底からゲームメークする司令塔として一気に名声を高めた。

 ミランでプレーしていた当時、バルセロナと敵地で親善試合を行った後の出来事を、ピルロは「昔話だよ」と前置きして語った。

「バルセロナでプレーする気はないか?」

「試合が終わるとすぐに、グアルディオラ監督が『僕と話したい』と言って連れていかれたんだ。スタジアムの中で、彼から僕に『バルセロナでプレーする気はないか? そうしてほしい』と話してきたんだ。僕にとってはエポックメイキングな出来事だったね。ただ、ミランは僕の売却に合意しなかったんだ」

 現在マンチェスター・シティの監督を務めるジョゼップ・グアルディオラ氏が率いていた当時のバルセロナは、世界最強軍団として名を馳せていた。その一員になるリクエストを受けたことは自身を興奮させる出来事だったと振り返った一方、ミランが「ノー」を突きつけたことを残念がった。

 結局、その後にピルロはミランから国内の強豪ユベントスに移籍し、3シーズンにわたって活躍。リーグ3連覇を成し遂げ、2015年からはアメリカでプレーしている。

 イタリアで稀代のプレーメーカーとしての地位を築き、“マエストロ”の称号を持つピルロが当時のバルセロナでプレーしていたら、果たしてどのような存在になっていたのか――。今となっては想像することしかできないが、実現に至らなかったのはピルロのみならず、世界中のサッカーファンにとっても残念な出来事だったのかもしれない。

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

最終更新:3/7(火) 13:55
Football ZONE web

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Football ZONE web

fangate株式会社

日本代表や欧州各国リーグなど、国内外のサッカー情報を毎日更新