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「女性全体主義」が静かに広まっていないか --- 梶井 彩子

3/10(金) 17:38配信

アゴラ

「主人と呼ぶと奴隷根性が身につく」?

以前、こちらで川上未映子氏の「『女性蔑視(?)』告発エッセイの賞味期限」(http://agora-web.jp/archives/1664109.html)と題する記事を掲載させていただいたが、このPRコラムは現在第二弾となっており、川上氏はさらに健筆をふるわれている。特に1月20日の記事は目を見張った。「『主人』という言葉が心底嫌い(http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=9815)」。夫を「主人」と呼ぶな、という実に古くて新しいテーマだ。

これを嗅ぎ付けたらしき朝日新聞がインタビュー〈「主人」や「嫁」という言葉は賞味期限(http://www.asahi.com/articles/ASK2S7G82K2SUTIL06H.html)〉を掲載し、さらに話題となっている。

PRコラムによれば自分だけでなく「他人が他人をそう呼んでいる」ことまでが耐え難いそうで、こうなると相当過敏だ。「私はそうは呼ばない」だけではだめらしい。「無意識のうちに奴隷根性が刷り込まれる」とまで書いて忌避している。さすが作家の感受性というべきか、メイド喫茶に行ったら卒倒してしまうのではなかろうか。

女性の主体性を認めよ

夫婦間において夫を主人と呼ぶも呼ばないも、それは各女性の自由だ。夫の上司の前などかしこまった場では「主人」、友人の前では「ダンナ」「夫」「ウチの人」などと使い分けている人も多い。夫を主人と呼ぶことを強要されて苦痛を感じている妻は解放されてしかるべきだが、夫の呼び名を他人にとやかく言われたくない人もいる。夫を「主人」と呼ぶ女性がすべて主体性を失っているわけはない。「主人と呼べ」「パートナーと呼べ」などと、呼び名を自分で決めることができないことこそ主体性を脅かす(確かに相手や第三者の夫について言及する場合、「夫君」よりも「ご主人様」「旦那さん」の方が使いやすく、現状の選択の幅が狭いのは確か)。

また、気がかりなのは、これらの意見に同調しない女性は、彼女のような人たちから「男に媚びている」「人種が違う」「従属の喜びを誇っている」「無知」「無自覚」などと言って批判されるのが関の山だという点だ。女性の主体性を唱えているはずが、一方で「女性ならこういう風潮・思想に反対してしかるべき!」という、例外を認めない女性全体主義が静かに広まっていないか(※思わず朝日新聞社説的表現になってしまいました)。

確かに少し前までは、デリカシーのかけらもなく女性を傷つける人は多かった。今も男女問わず人を差別し傷つける人物は存在している。だがフェミニストの皆さんの活動の成果もあって、われわれ世代(30代)やさらに下の世代は女性差別に関してはずいぶん楽になった。上野千鶴子氏の言うように、お茶くみの強要もなくなった。ありがとうございます。

しかし今や、何だかあまりにも些末な問題にまで食って掛かる場面や、良かれと思ってあげた叫びが、他の女性の個性を蹂躙している例もある。あまりに頻繁なので、いざという時の「女性差別!」との指摘が、オオカミ少年的に響くようにさえなってきてしまっている。

ただ川上氏の朝日記事の夫婦関係に関するくだりで同感だったのは〈男性でも女性でも、配偶者を「これ」とか「おまえ」とか呼ぶようになってきた時から、DVとかそういう関係が作られていく〉のくだり。夫を「ペット(犬)以下」と公言するどこかの党代表(女性)に聞かせて差し上げたい。

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最終更新:3/10(金) 17:38
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