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携帯に届いたメール『ありがとう』――被災地での「霊体験」を初告白。遺族たちはこうして絶望から救われた

デイリー新潮 3/10(金) 18:30配信

「誰にも話せませんでした。死んだ家族と“再会”したなんて……」
 未曾有の大震災から今年で6年――。
 被災地の遺族たちからは、不思議な体験談が聞こえてきた。

 最愛の家族や愛しい人が大津波で逝き、絶望にまみれた日々を送ってきた遺族たち。その日常の中で、突然起きたのは「霊体験」としか表現できない“死者との再会”だった。その不思議な体験で、遺族たちの心は絶望から救われることになったという。

 ノンフィクション作家の奥野修司氏は遺族たちを訪ね、〈今まで語れなかった。でも、どうしても伝えたい〉という、噴き出す思いを取材して歩いた。岩手や宮城など被災地に3年半以上も通い続け、「霊体験」のひとつひとつを丹念に何度も聞き続け、検証し、選び出し、記録してきた。その記録は単行本『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』として2月に刊行された。
 奥野氏が聞いた遺族たちの告白をいくつか紹介してみよう。

●火葬後に妻娘からの『待っている』『どこにも行かないよ』

 宮城県亘理郡で被災したある男性は、妻と2歳にも満たない次女を津波で一度に喪った。震災から10日あまりで遺体が見つかり、やっと弔いの火葬ができた夜のことである。
「夜中に目が醒めると目の前に二人がいたんです。マスクをしてしゃがんだ妻に寄り添うように、娘が僕に手を振っていました」
夫は目を醒ましたが、瞼を閉じても妻娘の姿は見え続け、泣きながら「おいで、おいで」と声をかけたという。その後も、夫が寝ているときに妻はあらわれ、『戻りたい』『いまは何もしてあげられないよ』『どこにも行かないよ』『待っている』と語りかけてきた。

この邂逅が、夫には生きていく心の支えになっているという。

●青い玉になった父母からの言葉
 宮城県気仙沼市の女性は父の死を知り、安置所に駆けつけた。遺体の傍に付き添っていたとき、数多くの遺体の腹部からいくつもの「ピンポン玉のような大きさの青い玉」が浮かんでいた。「一人の遺体に青い玉は一つ」「たくさんあるんだから、お父さん、寂しくないね」と語りかけたという――。

●亡き兄から届いたメール『ありがとう』
 岩手県陸前高田市で働く女性は、震災から数ヶ月後にようやく兄の遺体と対面した。その翌日のことである。女性は、市役所で兄の死亡届を書いていたとき、携帯電話にメールが届いた……一言だけ、「ありがとう」と。発信元は、信じられないことに、津波で亡くなった兄の携帯電話だった。しかし、それは「壊れて使えない状態」だった……。さらに、彼女の携帯に届いた兄のメールは生前のメールも含めてすべて消えてしまったのだった。彼女は、「兄なりのお別れの挨拶」として受け止めているという。

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最終更新:3/14(火) 12:27

デイリー新潮

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