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「砂を詰めたしょう油の一升瓶を振ってみたり……」ただひたすらに練習に励んだ、ノムさんの2軍時代

3/11(土) 12:00配信

BEST TIMES

クビの危機を乗り越えて2年目。1軍でも通用するバッティング力を身につけるために、バットを振った、振った、振った。たゆまぬ努力がやがて実を結ぶこととなる――。自身の生涯を振り返った新刊『壁』を発売する野村克也氏に聞いた、下積み時代の猛練習。

誰にも負けないと自負できるぐらい素振りを続けた2軍時代

 地道な筋力トレーニングによって肩の弱さを克服し、入団2年目の秋にファーストからキャッチャーに復帰することができました。ただ、それはあくまでも守備のこと。キャッチャーがいくら守備の要であるポジションとはいえ、レギュラーを目指すためには、1軍でも通用するバッティングを身につける必要があったのは言うまでもありません。

 実は、1軍の試合には1年目のシーズンに9試合出ているんですよね。私はブルペンキャッチャーとして南海ホークスに採用されたわけですが、1軍に帯同することもありましてね。試合がワンサイドの展開になったうえ、選手の数が足りないような場面になると、声が掛かることがあったんです。
 その成績は11打数0安打5三振と散々……。1軍ではまるで通用しないということを身をもって味わいましたよ。そこで、2年目のシーズンは2軍の練習とは別に、筋力トレーニングと並行してバッティングの練習もずっと続けていたんです。そうはいっても、今の時代とは違い、当時はバッティングマシンで好きなだけ打ち込みができるような環境ではなかったですし、ビデオでバッティングフォームを研究するなんてことは当然できない。だから、主な練習といえば、素振りぐらいしかありませんでした。

 ただ、自分がやれることだけはしっかりとやろうと決めていましたし、後悔することだけは嫌でしたから、毎日毎日、合宿所で夕飯を食べたらすぐに庭に出てね、ひたすらバットを振り続けましたよ。日本では誰にも負けないと自負できるぐらい、素振りをしたんじゃないかな。あとは部屋の中で、砂を詰めたしょう油の一升瓶を振ってみたり……。
 黙々と励んでいると、だいたい他の選手たちは遊びに出かけていくんですよね、夜の街に。あれは嬉しかったねえ。その中にライバルのキャッチャーがいたりするとなおさらですよ。「いってらっしゃ~い。しっかり飲んで、コンディションを崩してらっしゃ~い」って、心から見送ってましたから(笑)。

 中には、自分たちだけで遊びに行くことに罪の意識があるのか、誘ってくれる先輩もいてね、声を掛けてくるんですよ。「そんなにバットを振って一流になれるなら、みんな一流になってるよ。この世界は才能だ。一緒に飲みに行こう」って。でも、私は納得しませんでした。テスト生から一流になった選手はいないかもしれないが、プロ野球は実力の世界。たとえ才能がなくても、努力を積み重ねて実力をつければ問題ないじゃないか。それだけを信じて、連日連夜練習を続けたんです。
 その結果、2年目のシーズンはずっと2軍暮らしだったものの、関西ファームリーグ(現・ウエスタンリーグ)で打率部門の2位となる3割2分1厘という成績を残すことができました。まあ、1軍のレギュラーにはまだ程遠かったですが、たゆまぬ努力によって、少しずつ実を結んでいったというわけです。

明日の第十二回の質問は、「Q12.プロ3年目で1軍のレギュラーに抜擢されたきっかけは?」です。

取材・文/渡邉和彦

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