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「震災何年目」で区切ることの愚かしさ

デイリー新潮 3/11(土) 5:51配信

 東日本大震災から6年が経とうとしている。

 あの日、岩手県釜石市の「遺体安置所」には大勢の人々が集まった。人口およそ4万人の三陸の港町を襲った津波は、死者と行方不明者、合わせて1145人もの犠牲を出した。廃校になった学校などいくつかの施設が「遺体安置所」となり、瞬く間に未曾有の数の「遺体」が各施設を埋めていった。警察官、市役所員、医師、消防団員、葬儀会社社員、民生委員……その中には、地元のお寺、仙寿院の芝崎惠應住職の姿もあった。

 その様子を取材し、『遺体 震災、津波の果てに』で伝えた石井光太は言う。

「ご住職は遺体安置所ばかりでなく、火葬場での読経を何度も自発的に行い、鎮魂につとめていらした。痛ましいことに、時間が経っても行方がまだ不明な方がほんとうに多い。逆に、身元を確認できないご遺骨もある。芝崎さんは、そういったご遺骨などを引き取り、犠牲者の供養を行ってきたそうです。」

 釜石市の被災した街並みを一望できる丘の上にたつ仙寿院。この寺の本堂の裏には、身元不明の遺骨が9体、いまだに保管されている。9体の内の3体は、部分遺骨だ。

 住職は言う。

「住民の中には祈祷を依頼してくる人が後を絶ちません。依頼者の中には祈祷を除霊と勘違いしている人がいます。私は言うんです。

『祈祷しても霊を鎮めたり、祓ったりできるわけじゃないんですよ。心を切り替え、前向きに生きていくためのきっかけづくりなんです』と。人は前に向かって歩いている時は、過去に亡くなった人のことを気にかけずに済みます。助けられなかったとか、なんで先に逝ってしまったのかだとか悩むことが減る。祈祷というのは、そのためのものなんです。でも、前進しているように見えても、心は過去にとらわれている方も大勢いいます。特に行方不明者のご遺族はそれが顕著で、ふとしたことで故人を思い出す」。

 大震災から6年間、その間にも何度か訪れていた石井は、釜石の今を知りたいと考え、再び取材に来た。祈ることの意味や、悲しみが時間によって癒せるかについても考えさせられたという。

「6年という数字は遺族には十分な時間ではなかったようです。いや、『十分』ということはこれから先もないのだと思います。

 ずっとご遺族に寄り添ってきたご住職に、今回は話を聞き、6年目を目前にし、彼の口から『悲しみが薄れることはない』と聞いた時、まさにそうなのだと思いました。

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最終更新:3/11(土) 5:51

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