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お江戸日本を震撼させた傑物4人!クイズ「私は誰でしょう?」

3/15(水) 21:10配信

サライ.jp

歌舞伎や浮世絵など様々な文化が生まれ、医学や工業の技術も発達した江戸時代。後期には欧米人がやってきて、時代は転換期を迎えます。約250年間の長い江戸時代は、日本が変わるターニングポイントの1つであったともいえるでしょう。

江戸時代には後世に語り継がれるような偉人がたくさんいます。海外の画家に影響を与える絵を描いた人から、時代を前に進めるために身を投じた人など分野はさまざま。

そこで、今回は「江戸文化歴史検定」(通称・江戸検)の過去問題から、江戸時代に活躍した人を紹介する問題を4問ピックアップしてみました。ぜひ挑戦してみてください。

【クイズ1】
私は享保18年(1733)生まれ。オランダ医学を学んだのち、江戸の小塚原で死刑囚の解剖を行なって人体を調べ、その経験を生かして『解体新書』を訳述しました。また、その回想録として『蘭学事始め』を著わしました。さて、私は誰でしょう?

(い)平賀源内
(ろ)杉田玄白
(は)関孝和
(に)渋川春海

正解(ろ)
蘭方医の杉田玄白は、明和8年(1771)に前野良沢らと小塚原刑場で死体解剖に参加。その経験をもとにオランダの解剖書を翻訳して、苦心の末に『解体新書』を完成させた。

【クイズ2】
私は宝暦10年(1760)、江戸で生まれました。狩野派・土佐派や西洋画など諸画報を習得し、自分の画風を大成しました。とくに「神奈川沖浪裏」や「凱風快晴」をはじめとする版画シリーズ『冨嶽三十六景』は有名です。さて、私は誰でしょう?

(い)歌川広重
(ろ)鈴木春信
(は)葛飾北斎
(に)菱川師宣

正解(は)
葛飾北斎(1760~1849)は江戸の本所割下水に生まれ、18歳のころに役者絵の大家、勝川春章に入門して、浮世絵の世界に身を投じた。39歳で北斎と号し、90歳で没するまで、肉筆画・錦絵・版本の挿絵・摺り物など、あらゆる分野で傑出した作品を多数残した。代表作『冨嶽三十六景』は、海外の多くの芸術家にインスピレーションを与えたことで知られる。生涯に93回転居し、次々と画号を改めるなど、機構の多いことでも有名。

【クイズ3】
私は天保6年(1835)、土佐国の郷士の家に生まれました。日本最初の株式会社・亀山社中を興し、海援隊を組織、薩長同盟の成立に貢献しましたが、33歳で凶刃に倒れました。さて、私は誰でしょう?

(い)岡田以蔵
(ろ)中岡慎太郎
(は)武市半平太
(に)坂本龍馬

正解(に)
坂本龍馬(1835~67)は、若くして剣術に才を見せ、江戸を出て北辰一刀流千葉道場で学び、免許を得た。帰国後、土佐勤王党に加わり、脱藩。江戸で勝海舟に入門し、勝とともに神戸海軍操練所設立に尽くす。その後、長崎で亀山社中という商社をつくって通商航海業に乗りだし、これを介して薩摩・長州の同盟に成功した。土佐藩から脱藩の罪を許された龍馬は、海援隊隊長となり、大政奉還・公議政体論などの新国家建設構想をまとめた。だが、京の近江屋で幕府見廻組に襲われ、陸軍隊隊長の中岡慎太郎(1838~67)とともに命を落とした。

【クイズ4】
私は1796年生まれのドイツ人です。1823年、長崎出島のオランダ商館付医師として訪日し、鳴滝塾を開きました。門下生に高野長英らがおり、蘭学の発展に貢献しましたが、1828年に帰国するとき、日本地図の持ち出しが見つかって国外追放となりました。さて、私は誰でしょう?

(い)ウィリアム・アダムズ
(ろ)ヤン・ヨーステン
(は)フィリップ・シーボルト
(に)ジョセフ・ヒコ

正解(は)
シーボルト(1796~1866)は、ドイツ人の医師で博物学者。オランダ商館付医師として来日。長崎郊外の鳴滝に塾を開いて医学・博物学を講義し、診療も行なった。シーボルト事件では多くの門人も処罰され、洋学弾圧の契機となった。(掲載の画像がそうです)

何問正解できましたか? 最後の方は少し難しかったかもしれませんが、クイズをきっかけに名前を覚えてあげてくださいね! ぜひ、江戸検にもチャレンジしてみてください。

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

最終更新:3/15(水) 21:10
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