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香りは睡眠調節の名脇役?―アロマで不眠症は治るのか

ナショナル ジオグラフィック日本版 3/20(月) 20:31配信

市場規模3000億円以上、睡眠への効果やいかに

 いわゆる人の五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚であり、これら感覚刺激を受け取る人体の器官(目、耳、皮膚、舌、鼻など)を感覚器と呼ぶ。光や音などの知覚情報は感覚器からそれぞれ固有な神経伝達路を通って脳に送られる。

プラセボ効果はイリュージョンではない

 私たちの身の回りには五感を楽しませてくれるさまざまな物品がある。聴覚には心地よい音楽、視覚には素晴らしい風景、触覚には肌触りの良い衣類や調度、味覚には思わず舌鼓を打ちたくなるような珍味、そして嗅覚には香しい薔薇(ばら)など。

 私たちの睡眠は日常の生活で受け取る感覚刺激の影響を大なり小なり受ける。その中でも睡眠に最も強く影響するのは目から入る「光」である。日の出や日没、夜間照明などの外界の明暗情報は睡眠リズムの調節に絶対的な影響力を及ぼす。

 細かい話になるが、睡眠リズムを調節する光は目から入るにもかかわらず、専門用語では「非視覚性作用 non-photic effect」と呼ばれる。冒頭の五感の話と矛盾しているようだが、ここでの非視覚性作用とは「モノを見る以外の作用」という意味合いで使っている。光が睡眠リズムを調節するために必要な神経伝達路は、モノを認識する後頭葉まで行かずに途中で分岐する。したがって、「素晴らしい風景」でなくても明るければそれで十分なのである。詳しくは「もっと光を! 冬の日照不足とうつの深~い関係」をお読みいただきたい。

 さて、他の感覚刺激が睡眠に及ぼす影響はどうかというと、視覚(光)に比べるとやや存在感が薄くなる。今回のテーマである嗅覚と睡眠の関係についても実は「まだよく分かっていない」。しかし、嗅覚はその神経伝達路が他の感覚と大きく異なる特徴があるため、脳科学的にはとてもユニークな存在だ。

睡眠の調節にも深く関わっている脳の部位と関係する嗅覚

 当たり前だが、嗅覚を刺激するのは匂い(臭い、香り)、英語ではアロマ aromaである。世の中には芳香剤や香り付き柔軟剤など嗅覚を刺激するさまざまなアロマ商品が数多く売られている。消臭剤なども嗅覚を休めるという意味ではやはりアロマ商品の一つと考えてよいだろう。公益社団法人日本アロマ環境協会によれば2015年のアロマ関係の市場規模は3千億円以上にもなるそうだ。

 一部のアロマ商品の説明書には、安眠・不眠、ストレス・イライラ、不安・心配・プレッシャー、集中力、やる気、うつ病、認知症など多種多様な症状が改善するなどと書いてあり、専門家からみたら噴飯物の宣伝文句もあるが、今回はひとまず置いておこう。

 アロマ商品やアロマセラピー(芳香を用いたリラクセーションや治療)に本当にそのような効果があるのかについては肯定派、疑念派ともにいる。ある種の芳香(例えば精油=エッセンシャルオイルなど)に鎮静効果や刺激効果があることを証明したとする研究論文もあるが、方法論的に問題を抱えているものも少なくない。

 一方で、アロマはすでに現代人の生活に深く根付いている。すでに古(いにしえ)から沈香(じんこう)や白檀(びゃくだん)などの香木が珍重され、貴人の趣味だけでなく、宗教的儀式や治療など広く用いられてきた。つまり根拠はともかく「実績」がある。アロマ商品がこれだけ売れているのも、消費者が心地よさを感じているからにほかならない。作用メカニズムには不明な点も多いが、やはり何らかの生体効果を発揮しているのかもしれないな、と疑い深い私でさえ思う。

 冒頭で嗅覚の神経伝達路は他の感覚経路と異なる特徴があると書いた。少し専門的になるがご説明しておく。嗅覚は匂い物質が鼻腔の奥(要するに鼻の奥)にある嗅細胞を刺激することで生じ、嗅細胞からの情報は最終的に鼻の真上にある前頭葉の眼窩(がんか)前頭皮質に送られて「匂い(臭い、香り)」として知覚される。

 嗅覚経路の大きな特徴は、嗅(きゅう)細胞から眼窩前頭皮質に至る途中で情動調節に関わる扁桃体や、自律神経やホルモン調節に関わる視床下部を通過することにある。これらの脳部位は睡眠の調節にも深く関わっている。例えば、睡眠不足や不眠症では扁桃体が過剰に活動して不安感が増したり、交感神経が活発になって心拍や血圧が上がるなどの心身のアンバランスが起こる。

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最終更新:3/20(月) 20:31

ナショナル ジオグラフィック日本版

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