ここから本文です

石原氏が小池知事に「恨み節」を繰り返す理由

東洋経済オンライン 3/21(火) 9:02配信

 「私が(知事時代に)地下水について非常に厳しい基準を設置したことは間違いない。ハードルが高すぎたのかもしれない。しかし小池知事は基準にとらわれずに都民のことをまず第一に考え、豊洲への移転を実行してもらいたい。地下水に問題があるかもしれないが、こんなもの今の技術でもって、濾過してポンプアウトしたらいいのではないか。海に捨てたなら。その地下水で(豊洲市場の)床を掃除したり魚を洗ったり使うわけではない。いったい何の害があるのか」

この記事の写真を見る

 3月20日に行われた豊洲市場の移転問題を検証する調査特別委員会(百条委員会)で、石原慎太郎元東京都知事は都議会共産党の曽根はじめ委員の質問に対し、高揚した様子でこう答えた。気色ばんでしまったのは、小池百合子東京都知事への批判の意味を含んでいたからだろう。

■もともと2人の関係は悪くなかった

 昨年7月の都知事選以来、鋭い対立を見せている石原氏と小池知事。その原因は石原氏が自民党東京都連が推薦した増田寛也元総務大臣を応援した時、小池知事を「大年増の厚化粧」と揶揄したこととされている。だが理由はそう単純ではない。

 もともと石原氏と小池知事との関係は悪くなかった。石原氏が1968年の参院選に初出馬した際には、小池知事の亡父・勇二郎氏が応援している。よってもう50年の付き合いだ。小池氏が環境大臣時代には都知事だった石原氏が花粉症対策の陳情に訪れ、なごやかに談笑している映像も残っている。

 ではなぜ2人は今、これほどまでに対立して見せるのか。

総理大臣への道

 それは石原氏の長男・伸晃氏の存在が原因だろう。子煩悩として知られる石原氏だが、その実態は「親バカ」と言ってもいいくらいだ。石原氏は伸晃氏が総理大臣になり、自分の果たせなかった夢を実現してくれることを期待している。

 そのために次期領袖になることを含めて伸晃氏を青嵐会(1973年に石原氏が派閥横断的に結成した保守派議員の政策集団)の同志だった山崎拓氏に託し、山崎派に入会させた。自民党東京都連の重鎮である内田茂都議とも握り、伸晃氏を都連会長・内田氏を幹事長とした体制を10年間も続けさせた。石原氏は父親として着実に「総理への道」を拓いてやっていた。

 そのような伸晃氏の前途に立ちはだかったのが、2005年の衆院選で兵庫6区から東京10区に移った小池知事だ。1992年の参院選で政界入りした小池氏は、1990年の衆院選初当選の伸晃氏よりも政治キャリアは2年短いものの、当選回数では同じになる。

 また伸晃氏は国土交通大臣や環境大臣を歴任し、党務の幹事長と政調会長をも務めたが、小池知事も環境大臣や防衛大臣を歴任。党務でも女性初の総務会長を務めるなど、順調に出世していた。

■2008年の総裁選でも大差

 ともに出馬した2008年の自民党総裁選では、小池知事が46票を獲得して37票の伸晃氏を大きく引き離した。しかもこの時、小池氏の地方票はゼロだったが、実際に獲得した党員票数では当選した麻生太郎元首相に次いで多かったといわれている。

 そして伸晃氏が出馬した2012年の総裁選では、同じ東京都連所属にもかかわらず、小池知事は伸晃氏を応援せずに石破茂氏を支持している。この時にはすでに、石原家と小池家との間には溝があったと見てとれるだろう。

 よって百条委員会では、その小池知事が率いる「都民ファーストの会」の音喜多駿委員の質問になると、石原氏はさらにヒートアップしている。

1/2ページ

最終更新:3/21(火) 9:05

東洋経済オンライン