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シュバインシュタイガーだけじゃない…プレミアリーグで失敗したスター10選

3/23(木) 17:22配信

SOCCER DIGEST Web

「10番をくれないならプレーしない」と豪語したことが仇となったポルトガル代表MF。

 3月21日、マンチェスター・Uはバスティアン・シュバインシュタイガーをMLSのシカゴ・ファイアーに放出することを公式サイト上で発表した。
 
 2015年夏にバイエルンから移籍した元ドイツ代表MFだったが、在籍した2シーズンでプレミアリーグ出場はわずか18試合。公式戦のゴール数はわずか2と、期待を裏切る結果となった。
 
 そんなシュバインシュタイガーのようにプレミアリーグへ移籍した途端に不振を極め、キャリアを棒に振ったスタープレーヤーたち10人を、英紙『デイリー・メール』が紹介している。
 
――◆―――◆――
 
ジョージ・ウェア(FW)
2000年1月:ミラン→チェルシー
2000年7月:ミラン→マンチェスター・C
 
 ミランでは類いまれな身体能力と高い決定力を誇り、退団したマルコ・ファン・バステンの穴を埋める活躍で『リベリアの怪人』の異名で恐れられた。1995年にはバロンドールを欧州出身者以外では初受賞したことでも知られる。
 
 そんな巨漢FWは、34歳となった2000年の1月にチェルシーへレンタル移籍。デビューとなったトッテナム戦でゴールを決めるなど上々のスタートを切ったが、ジャンルカ・ヴィアッリ監督の下で徐々に出場機会を失い、同年夏にマンチェスター・Cへと移った。
 
 しかし、週3000ポンド(約42万円)という高給に見合った活躍ができず、ここでもウェアは指揮官のジョー・コイルに見放された。
 
 引退後にウェアは、「お金のために来たつもりはなかった。ミランに残ることもできたんだ。誰かが、私にそのことは黙ってろと言ったんだ」と語っている。
 
パウロ・フットレ(FW)
1996年7月:ミラン→ウェストハム
 
 ポルトやA・マドリーなどで活躍し、「欧州のマラドーナ」と称えられたポルトガル人アタッカーも、ウェアと同様にミランからプレミアリーグに渡った。その期待度は当時のウェストハム指揮官だったハリー・レドナップの「私の見てきたなかでトップ10の選手だ」という言葉からも分かる。
 
 しかし、プライドの高さが彼のキャリアの障壁となる。「背番号10をもらうまではプレーしない」という仰天発言を公の場でしてしまったのだ。
 
 これで信頼を失ったフットレはプレミアリーグ出場が9試合に留まり、わずか1シーズンで古巣のA・マドリーへ戻った。それだけにウェストハム・ファンの記憶には悪い印象が残っただけだった……。
 

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最終更新:3/23(木) 18:58
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