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元宝塚女優が『ラ・ラ・ランド』を徹底分析 「舞台だったら感動してなかった」理由

3/25(土) 13:00配信

KAI-YOU.net

本年度アカデミー賞最多ノミネート、最多6部門で受賞した話題のミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』。

【『ラ・ラ・ランド』を語る元宝塚歌劇団の美人女優・花奈澪さん】

日本でも今年2月末に公開されて以降、公開2週間で国内興行収入は15億円を突破し、映画のサウンドトラックの売上もオリコン週間ランキングで4位にまで駆け上るなど、好評を博している。

また、多くの絶賛の声と共に、さまざまな批評の眼が向けられ、論争も巻き起こるなど、間違いなく、今最も注目を集める映画のひとつと言えるだろう。

それでは、そんな話題沸騰中の映画『ラ・ラ・ランド』は、ミュージカル玄人の目にどう映るのか?

宝塚歌劇団に第93期生として入団し、花組の娘役を務めた後、宝塚歌劇団を退団し、現在は女優・タレントとして活躍をする花奈澪さんに、『ラ・ラ・ランド』の魅力から役者たちの技量、また、日本では苦手意識を持つ人も多いというミュージカル映画についてまで、さまざまな観点から語ってもらった。

※本稿では、『ラ・ラ・ランド』のネタバレを含みます

宝塚OGが語るミュージカルとしての『ラ・ラ・ランド』の魅力

「正直、最初に観たときは『世界が持ち上げすぎでは?』『ミュージカル映画だったのかな?』っていう感想だったんです。上映後の客席の空気も、みんなとまどってるみたいで(苦笑)。でも、2回目を観に行ってみたら、『ラ・ラ・ランド』の魅力は誰もが絶賛するシンプルな面白さを提示してくるのではない、“スルメ映画”なんだな、って思いました」と語る澪さん。

エマ・ストーンが演じる女優志望のミアに共感する部分も多かったという。

「冒頭でミアが運転しながら台詞を覚えるところとか、オーディションでなんとなく『あ…これは落ちたな』って思うような審査員の反応とかは、“あるある”って思いながら観ちゃいましたね(笑)。中盤、ニアが行った一人芝居もぜひ全編観てみたいです。

物語の後半、ミアはオーディションで自身の叔母について歌うことで、大作映画の役を掴むわけですけど、役者の魅力ってつくづく技量だけじゃないんだな、って思いました。迫力というか、人間としての説得力というか、役者には“人の心を動かす得体の知れない何か”が存在するんだと、『ラ・ラ・ランド』を観て、改めて身に沁みました。」(澪さん)

そして、本作の見どころのひとつとして、そんなミアとライアン・ゴズリング扮する売れないジャズピアニスト・セブのロマンティックなミュージカルシーンが挙げられるだろう。

エマ・ストーン自身がもともとミュージカル女優を志望していたこともあってか、ブロードウェイミュージカルの『キャバレー』にも出演経験がある一方、ライアンは本作がミュージカル映画初挑戦。『ラ・ラ・ランド』を見た限りでは、両俳優のミュージカルの技量はいかがなものだろうか?

「仮に、『ラ・ラ・ランド』が舞台化して、2500人の観客の前に立って広い大きな舞台で2人が劇中のタップダンスを踊ったとしても、もしかしたら映画ほどの感動は生まれないかもしれません。というのは、歌い踊ることによって、観客席の一番後ろの人全員までを納得させるとなると、声量といった確実な“技術”と“熱量”が必要になります。そういうこともあって、ミュージカル舞台というのは必然的に大きな芝居が必要になってくるんですね。

でも、映画はそうじゃない。撮影する時はすぐ近くにマイクがあって、劇場では、2人がすぐそこにいるかのような臨場感のある音がスピーカーから観客の耳に聞こえてくる。だから、(舞台のミュージカルと違って)ナチュラルさが大事だし、『ラ・ラ・ランド』のミュージカルシーンは、ライアンとエマの“普通っぽさ”が魅力になってるんだと思います。」(同)

舞台と違って、映画ならではのミュージカルの良さを発揮しているという本作。では、劇中のミュージカルシーンは、物語に対してどのように機能しているのか。澪さんなりの解釈を聞いた。

「そもそもミュージカルの歴史っていうのは、100年もないくらい。オペラやバレエ、日本でいえば歌舞伎や能のように古い歴史があるわけではないんです。だから、ABBAの楽曲を起用した『マンマ・ミーア!』のように、既存の歌を使ったミュージカルもあったりと、実は“ミュージカル映画の決まり”というのはありません。ただ、基本的には、喜怒哀楽問わずに“感情が動いたから歌う”というのはあると思います。

私がミュージカルに求めているものって、“作り手の緻密さによる気持ちよさ”なんです。役者が好きなテンポで喋っても成り立つストレートプレイ(ミュージカル以外の演劇を指す)と違って、ミュージカルは何小節目までにセリフを言って、ここの音から踊って、ここでコーラスが入って…と、ある意味“制限”が生じてきます。こうした役者・振付・作曲・演出・オーケストラに与えられた”制限”を超えて、各セクションの熱意がぶつかりあった時に生まれる、最高の表現力に期待をしてるんです。

『ラ・ラ・ランド』だと、女4人がパーティへ繰り出すナンバーや、ライアンとエマの2人が丘の上でタップダンスを始めるシーンなんて、『これぞミュージカル!』って感じで、めっちゃワクワクしました。それは、ミュージカル作品のオマージュであり王道かもしれないけど、やっぱりあの音楽と共に感情が盛り上がる感じは最高でしたね!」(同)

ミュージカルは、登場人物たちの情動が大きくなった時、その幕を開ける。それを証明するかのように、『ラ・ラ・ランド』でも心踊るシーンで彼、彼女たちは高らかに歌い出す。だが、澪さんはこう続ける。

「でも、『ラ・ラ・ランド』は“裏切り”が気持ち良い映画なんだな、って思いました。

以前、私は舞台の稽古で『役者が最初に、これくらいの音量で台詞を言ってこれくらい大げさに移動しますよ、って一度提示してしまえば、観客にとって、それがその作品のデフォルトになるから大丈夫なんだ』って言われたことがありました。『ラ・ラ・ランド』もオープニングで、これでもかってくらい不自然に大人数が踊り歌いだしますよね。それで、『あ、この作品は急に歌ったり踊ったりするんだな!』って思ったら、どっこい中盤以降は一切ミュージカルシーンが出てこない。

『素敵な誰かに出会えるかも~♪』と意気揚々とパーティに乗り込むも、あっさりパーティのシーンは終わって、そこでは素敵な誰かと出会わない。たまたま入ったお店で素敵なピアニストを見かけても、その場で知り合えない。さらには、女優志望の女の子のよくある典型的シンデレララブストーリーにみせかけて、2人は離れてしまう。」(同)

こうした“裏切り”を象徴するものとして、澪さんは劇中のあるカットを挙げる。

「『ラ・ラ・ランド』の物語って、実は初めからすごく”舞台的”“虚構的”に作られてますよね。冒頭の『WINTER』では、いくらロサンゼルスが冬でもそんなに寒くないとはいえ、人々がノースリーブでパーティをしてプールにダイブしていたり、突然周りの照明が落ちて登場人物にスポットライトが当たったりと、観客の中に少しずつ違和感が埋め込まれていく。

それで、こうした“裏切り”は、春夏秋冬と過ぎていく物語の中で、最後の『WINTER』というカットに集約されてる気がします。この『WINTER』の背景は、実は絵で、しかも劇中の時間ではその前から5年もたっている。そして、最後の回想シーンでは、“if(可能)世界”が描かれて、観客は期待をするわけですけど、それもまた夢のように消えてしまう…。

『ラ・ラ・ランド』を観ていると、最終的に『人生っていうのは“舞台”であって、人はその舞台の“役者”なんだな』って思いました。

そして何より、良い恋愛は、ミュ―ジカルみたいにまた頭から何度も観てみたくなる。何事も最初が一番楽しいってことですかね(笑)」(同)

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最終更新:3/25(土) 13:00
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