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戦争を機にカメラを絵筆に持ち替えて 新たな抽象表現を導いた画家ヴォルス CREA 2017年4月号

3/26(日) 12:01配信

CREA WEB

写真、水彩・油彩画、銅版画が揃うヴォルスの大きな個展

 世に抽象画なるものはたくさんあって、「難解なアート」の代名詞みたいになっているけれど、絵画の世界に抽象表現が現れたのはけっこう最近のこと。20世紀に入ってからのことで、歴史はせいぜい100年くらいに過ぎない。

 抽象的な絵画が生まれたのは欧州で、現在のように皆が知るものとして広めたのは米国だった。カンディンスキー、モンドリアン、ポロックといった画家たちが立役者となった。そのなかのひとりとして異彩を放つのが、ドイツ出身のヴォルス。

『天空の城ラピュタ』の滅びの呪文にも似たこの響きはペンネームで、本名はアルフレート=オットー=ヴォルフガング・シュルツという。1913年にベルリンの裕福な家庭で生まれ、小さいころからヴァイオリンや水彩画が得意だった彼は、まず写真家として名を成した。

 20代でパリに移り住んで個展を開催すると好評を博し、一躍、売れっ子写真家に。ジャック・プレヴェールら当代の名だたる文化人のポートレート、野菜や肉を美しいオブジェに仕立てた静物写真、路上生活者らにカメラを向けたスナップショットと、幅広い作風を示した。

 それぞれの物体の「核」がどこにあるのか瞬時に見抜く凝視力、眼前に広がる光景の構造を見抜く画面構成力に秀でた写真は、現在の目で見ても斬新そのものだ。

 ところが、写真家時代は長く続かない。時代のせいである。第二次世界大戦が始まり、ドイツ人のヴォルスは収監されてしまう。これでは写真が撮れない。そこで彼は、カメラを絵筆に持ち替えた。収容所内で描かれた水彩画の数々には、何を描いたのかはっきり名指せぬ幻想的なイメージが渦巻いている。

 戦後は南フランスを転々としながら創作を続行。油彩画や銅版画も手がけ、画面の抽象度は増していった。縦横無尽に這い回る不可思議な線と、はっと目を惹くけれどどこか哀愁を帯びた色彩で、絵画ができているのだ。彼に大きなインスピレーションを与えたのは、目を瞑っているときに見えるものだった。そう、誰しも見覚えがあるはず。目を閉じると瞼の裏に、奇妙な色と形、線がもやもやと浮かんで消えるのを。あれがヴォルスの抽象表現のモチーフになったのだった。

 ヴォルスの全貌を辿れる大きな個展が、ここは本当に日本かと疑うほど広々として抜群の環境を誇る、DIC川村記念美術館で始まる。写真、水彩・油彩画、銅版画と、ヴォルスの創作を総合的に見られる展示となっている。知られざる深いヴィジョンを目の当たりにしたい。

『ヴォルス──路上から宇宙へ』
会場 DIC川村記念美術館(千葉・佐倉)
会期 2017年4月1日(土)~7月2日(日)
料金 一般1,300円(税込)ほか
フリーダイヤル 0120-498-130
http://kawamura-museum.dic.co.jp/

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最終更新:3/26(日) 12:01
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