ここから本文です

母に虐待されて育った私。母を結婚式に呼ぶべき?(米)

コスモポリタン 3/28(火) 12:56配信

子どもへの虐待やネグレクト(育児放棄)による悲しい事件を耳にすることが多い昨今。ニュースとして明るみにはでないものの、水面下ではたくさんの子どもたちが親からの虐待に苦しみ、大人になった後もそのトラウマ(心的外傷)と闘っています。

【写真】赤ちゃんを亡くした女性が、世のママに「母乳を寄付」!

コスモポリタン アメリカ版では、母親から虐待を受けて育ったコリー・リトルさんの手記を紹介。家を出て自立し、愛する人と出会った彼女。でも結婚式に自分を苦しめた母親を招待するかどうかで悩むことに。果たして、彼女がくだした決断とは…?

私は人より早く成長したかったわけではないし、出来ることなら“子どもらしい子ども“でいたかった。

「私は難病を抱えた母に虐待されて育ちました。生き抜くための術を自然に身につけた私に、周りの大人たちは『あなたは本当に大人びているわ』『すごく賢いのね』と言ってくれたけど、慰めにもなりませんでした。私は人より早く成長したかったわけではないし、出来ることなら“子どもらしい子ども“でいたかったから。

10代のころからスティーヴンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)を患っていた母は、ほとんど目が見えないものの光には過敏に反応してしまうため、室内で光を遮断した状態で暮らしていました。加えて退行性椎間板疾患のため、脊髄の手術を何度も受けなくてはなりませんでした。彼女の毎日は薬を飲むこととテレビを見ることだけ。テレビだけが外の世界と彼女を繋ぐものでした。

子どもだった私は、そんな母からの虐待とネグレクトに耐え、家でたばこを吸い続けるだけの母の世話に明け暮れていました。洗濯物や洗い物は山積み、シーツは何カ月も取り換えず、家の中はカビだらけ。シングルマザーだった母。私の父親からの援助はなく、私たちは貧しくて、家も汚くみずぼらしかった。

母からの虐待は本当にひどいものでした。『汚くて愚かなガキ!』『毒蛇のように邪悪な子だね!』――そんな言葉を日々浴びせられました。日々をやり過ごすため、忙しいふりをしたり、友だちの家にできるだけ長居したりしていました。友だちの両親に優しくされることで“家族の温かさ“を感じようとしたし、私が置かれている悲惨な状況に誰かが気づいて、私を引き取ってくれないかと思ったりもしました。でも悲しいことに、そんなことは起らなかったけれど…」

1/3ページ

最終更新:3/28(火) 12:56

コスモポリタン

記事提供社からのご案内(外部サイト)

コスモポリタン

ハースト婦人画報社

1886年にアメリカで創刊され、
世界中の女性に愛されるコスモポリタン。
日本ではオンラインに特化し、
恋愛、ビューティ、セレブ情報など発信中。