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三島由紀夫が警戒したもの。それはまさしく安倍晋三的な「言葉の軽さ」だった!

4/4(火) 18:00配信

BEST TIMES

「妻や私や事務所は一切関わっていない。もしも関わっていたら総理大臣も国会議員も辞める」森友学園問題で、ここまで啖呵を切ったのが総理大臣安倍晋三である。その言葉のもつ意味は重い……はずである。また防衛大臣の稲田朋美はこう言った。「森友学園の事件を受任したことも、裁判を行ったことも、法律相談を受けたこともない。顧問をやってもらったというのは虚偽であります」。しかし、虚偽は稲田の側だった。裁判所への出廷記録が発覚し、前言を撤回し謝罪に追い込まれた。今ほど「言葉の信頼性」が虐げられている時代ないのではないだろうか。三島由紀夫は「言葉の混乱」が政治に利用されることを警戒した。作家・適菜収氏は新刊『安倍でもわかる保守思想入門』で三島の言葉を引きながら次のように語る。

安倍でもわかる三島由紀夫のお話~民族主義の罠~

  小説家・劇作家の三島由紀夫は、一九六一年に二・二六事件をテーマにした『憂国』を発表。一九六八年、民兵組織「楯の会」を結成。『豊饒の海』四部作完成後、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自衛隊員にクーデターへの決起を呼びかけ、割腹自殺した。

 これをもって三島はエキセントリックな右翼と誤解されることが多いが、私の判断では極めて真っ当な保守である。

 たしかに晩年、三島は右傾化した。その事情は拙著『ミシマの警告』(講談社+α新書)で書いたので繰り返さないが、三島は文学者、保守主義者として死んだのではなく、武士として憤死したのである。保守主義者が右翼に転じることはあり得るが、保守主義者であり同時に右翼であることは概念上あり得ない。保守主義者としての三島は、国家主義や民族主義に対する警戒を怠らなかった。

❝第一、日本にはすでに民族「主義」というものはありえない。われわれがもはや中近東や東南アジアのような、緊急の民族主義的要請を抱え込んでいないという現実は、幸か不幸か、ともかくわれわれの現実なのである。❞ (『裸体と衣裳』)

 国家主義や民族主義は、保守性とは直接関係ない。共産ゲリラは民族主義と結合したし、社会主義国はナショナリズムに支えられている。

 三島には守るべきものがあった。

 それは日本語です。

 言葉はわれわれが生まれる前から存在しているものであり、自国語で思考する以上、それは世界そのものである。

 三島は言います。

❝ことばというものは、結局孤立して存在するものではない。芸術家が、いかに洗練してつくったところで、ことばというものは、いちばん伝統的で、保守的で、頑固なもので、そうしてそのことばの表現のなかで、僕たちが完全に孤立しているわけではない。❞ (「対話・日本人論」)

 言葉の中に、あらゆる「日本的なもの」は含まれている。

 では、日本語を守るためには、どうすればいいのか? 

 自由社会、社会の靭帯である皇室、議会主義を守らなければならないと三島は考えた。

 よって、敵は左と右から発生する全体主義ということになります。

 全体主義は近代特有の病です。

 だから、近代を知る必要がある。

 三島は「アジアにおける西欧的理念の最初の忠実な門弟は日本であった」と言います。しかし日本は近代史をあまりに足早に軽率に通り過ぎてしまった。近代化を急ぐあまり、西欧的理念の表層だけを受容した。そして啓蒙思想の危険性を説いてきた真っ当な知の系譜を軽視した。

❝日本はほぼ一世紀前から近代史の飛ばし読みをやってのけた。その無理から生じた歪みは、一世紀後になってみじめに露呈された。 ❞(「亀は兎に追いつくか?」)

「近代史の飛ばし読み」により、われわれは、自分たちが何をやっているのかさえわからなくなったのである。

 こうして「保守」が「急進的改革」を唱え、権力の中枢において国家の解体が進められ、「愛国者」が「売国奴」に声援を送る時代がやってきた。

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