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“疑惑のホームラン”にヤクルト・内藤尚行が崩れる!【1990年4月7日】

4/7(金) 7:00配信

週刊ベースボールONLINE

 プロ野球の歴史の中で、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は4月7日だ。

 1990年、“疑惑のホームラン”と呼ばれる本塁打が生まれた。東京ドームで行われた4月7日、巨人─ヤクルトの開幕戦だ。

 ヤクルトの新監督、野村克也は、21歳の内藤尚行を初の開幕投手に抜てき。内藤も期待に応え、8回表を終えてヤクルトが3対1とリードしていた。その裏、巨人の攻撃だった。一死二塁から打席に入ったのは、篠塚利夫(篠塚和典)。初球、体勢を崩しながらたたいた打球が右翼ポール際へ飛ぶ。飛距離は十分ながら完全なファウルに見えたが、一塁塁審が、これに手を回し、「ホームラン」のジャッジ。収まらないのがヤクルトだ。

 マウンドの内藤はグラウンドに両ヒザを着いて、涙目になって「ギャー」と絶叫。野村監督も、すぐ猛抗議をしたが、判定は覆らず。実は、この年からセ・リーグでは審判6人制から4人制となり、外野の線審が2人いなくなっていた。監督会議で「ミスジャッジが増えるのでは」と指摘されたが、「メジャーではすでに導入されているが、大きな問題は起こっていない」と突き離していたのだが……。

 試合は延長戦に突入し、延長14回裏、巨人がセ・リーグ初の開幕戦押し出しサヨナラ勝ち(従来の延長は12回までを、この年は14回までとしていた)。

 野村監督は試合後、「まいったね。俺の筋書きにないことが起こった。巨人が強いはずだよ」と吐き捨て、一方の篠塚も「目が悪いから分からなかったけど、審判の手が回ったからホームランなんでしょ」と歯切れが悪かった。実際、テレビ放送でポールの向こうを通過する打球が何度も流れ、“疑惑のホームラン”としていまなお語り継がれることになる。

 ただし、一躍悲劇のヒーローとなった“ギャオス”こと内藤は、あくまで後日の話であるが、「あれでファンレターが急に増えました」と喜んでいた、とか。

写真=BBM

週刊ベースボール

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