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ドラマティックすぎる! 本物のプリンセスになった、11人のアメリカ人

4/8(土) 12:00配信

ハーパーズ バザー・オンライン

メーガン・マークルとハリー王子とのロマンティックな関係はすでに伝えられているところだが、メーガンは、ついにキャサリン妃(そしてシャーロット王女とも!)とも対面を果たし、先日、ジャマイカで開かれたハリー王子の親友の結婚式にも列席。まもなくふたりは一緒に暮らし始めるのではという報道もあり、順調な交際をうかがわせる。

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メーガンがよほどの間違いを犯さなければ、過去の華々しい足跡を辿って、彼女はもうすぐ最新のアメリカン・プリンセスになるはずだ。公式的にアメリカにはロイヤルファミリーはないけれど(ケネディ一族、ブッシュ一族、クリントン一族、そして今はトランプ一族という栄光はあるが)、過去何年にもわたって、多くの聡明なアメリカ人女性が、外国人王子に見初められてきた。

王族と結婚し、プリンセス、いくつかのケースでは女王となったアメリカ人女性を振り返ってみよう。

グレース・ケリー

間違いなく世界でもっとも有名な映画スターで、アカデミー賞主演女優賞を獲得したグレース・ケリーは、モナコ皇子レニエ三世公と結婚したことで、さらにその名声に拍車をかけた。グレースは、映画『喝采』(これで彼女はアカデミー主演女優賞に輝く)のお披露目のためカンヌ国際映画祭へ出席し、彼女のPRチームが、宮殿で『Paris Match』誌の撮影をセッティング。レニエ皇子との最初の出会いはフィルムに収められ、そのあとは歴史にーふたりはクリスマスまでに婚約し、翌年の4月に結婚。モナコの皇室は、今でこそその名が知られているが、当時は小さい国として軽んじられており、結婚式にはヨーロッパの王室からは誰も参加しなかった。結婚後、グレースは、52歳のときに車の事故で亡くなるまで、モナコに住み、演じることは2度となかった。

ウォリス・シンプソン

英国女王になったかもしれないアメリカ人、2度の離婚歴があるウォリス・シンプソン。エドワード8世王が、彼女に夢中になり、彼女と結婚するために、王位を捨てたのは有名な話だ。(英国国教会の長として、エドワード王が離婚歴のある女性と結婚するという考えは、宗教や法律、そして当時は道徳的な理由により、破門レベルのことだった)彼女は「殿下」の称号を得ることはなかったが、エドワードと結婚した後に、ウィンザー公爵夫人となり、ふたりはバハマ諸島、フロリダ、ニューヨーク、パリといったような場所での逃避行を満喫した。彼女と英国王室の関係は亀裂が入ったままだったが、1986年にウォリスが亡くなったときのお葬式には、エリザベス女王、チャールズ皇太子とエリザベス王太后が参列した。最後の祈りは、王室からの尊敬の表れである、カンタベリー大司教によって行われ、ウィンザーのフロッグモアで、エドワードの隣に埋葬された。

ケンドラ・スピアーズ

プラダ、カルバン・クライン、シャネル、イヴ・サンローラン、ジバンシイなどで、モデルとして何年か活動した後、シアトル生まれのケンドラ・スピアーズは、現在のアガ・カーンの長男ラヒーム・アガ・カーン王子と2013年にジュネーブのベッレリーヴェ城で結婚し、サルワ・アガ・カーン妃となった。スイスに暮らす夫妻にはふたりの子どもがおり、サルワ妃は今でも旧姓でモデルとして活動し、スペイン版『ヴォーグ』『Tatler』、フランス版『エル』、中国版『ヴォーグ』などの表紙を飾っているほか、アルマーニのフレグランスの広告キャンペーンにも登場。

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ハーパーズ バザー

ハースト婦人画報社

2017年10月号
2017年8月19日発売

定価:700円

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