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広島・加藤拓也が逃した偉業を達成したドラゴンズの左腕

4/9(日) 19:05配信

週刊ベースボールONLINE

 4月7日、マツダ広島での広島─ヤクルト戦。咽頭炎で登録抹消となったジョンソンの“代役”として広島の先発マウンドに立ったのが、慶大からドラフト1位で入団した新人右腕の加藤拓也だった。

 加藤は荒れ球気味のフォークを武器にオープン戦で好投を見せたが、制球難による球数の多さが不安視され、開幕先発ローテーション候補からは外れていた。

 しかし、この日は、この“制球難”がプラスになる。7四球は出したが、逆にヤクルトの打者が的を絞れず、9回一死までノーヒットノーラン。無安打に抑え込まれた三番打者の山田哲人は「バッターにしては最悪の球だった……」と振り返った。

 結局、一死一塁からバレンティンに三遊間を抜かれるヒットを許し、さらに一死一、三塁とされて雄平にタイムリーを許した後、降板。初完封、初完投も逃してしまった。それでも抑えの中崎翔太が試合を締め、セの新人では一番乗りの勝利投手になっている。

 8回以上を無安打で抑えた新人は、1987年8月9日の巨人戦(ナゴヤ)で初登板ノーヒットノーランを達成した近藤真一(現近藤真市)以来。

 近藤は愛知・享栄高時代、甲子園を沸かせた快速球左腕。5球団が1位指名で競合し、意中の球団だった中日の監督に就任したばかりの39歳、星野仙一監督が交渉権を引き当て、入団となった。しかし体重増もあって開幕は二軍スタート。一軍には8月7日に初昇格していた。

 巨人3連戦の3戦目の初登板先発を告げられたのは、試合前練習が終わった後。消化試合ではない。この時点で首位は巨人。それを広島、中日が追い、むしろ「絶対に負けられない試合」だった。

 マウンドで足は震えるほど緊張していた近藤だが、キレのいいストレートと数種類のカーブが冴え、巨人打線を抑え込む。最後の打者は篠塚利夫(現篠塚和典)。際どいカーブを見逃しての三振だった。篠塚が審判に抗議したが、ナゴヤ球場のファンはそれを無視し、18歳11カ月の快挙に拍手と歓声を贈った。ゲームセットの瞬間の視聴率は44%だったという。

写真=BBM

週刊ベースボール

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