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ドラマ版に続いて映画版がまもなく公開! 「笑う招き猫」飯塚健監督インタビュー

4/9(日) 6:00配信

ザテレビジョン

「荒川アンダー ザ ブリッジ」シリーズ(ドラマ版=’11年TBS系、映画版=’12年公開)や、ドラマ「REPLAY&DESTROY」(’15年TBS系)、「神奈川県厚木市 ランドリー茅ヶ崎」(’16年TBS系)、映画「風俗行ったら人生変わったwww」('13年)、「ブルーハーツが聴こえる」(’17年)などなど、常に話題作を世に放ち続ける飯塚健監督の待望の最新作「笑う招き猫」がついに完成。4月11日(火)(※MBSは4月9日[日])に最終回を迎えるドラマ版に続いて、映画版が4月29日(土)に全国公開される。

何度もケンカ別れしては腐れ縁の恋人のようにヨリを戻す漫才師のヒトミ(清水富美加)とアカコ(松井玲奈)。そんな2人に、先輩芸人とのトラブルがきっかけで思わぬチャンスが舞い込み…

原作は山本幸久の同名小説。清水富美加と松井玲奈が扮する女性漫才コンビを軸に展開する、笑いあり、涙ありの青春物語だ。

■ 映像化の術が思い浮かばない原作に惹かれます

――飯塚監督のフィルモグラフィーをたどってみると、原作ものが多い印象があるのですが、小説や漫画を映像化するときに心掛けていることはありますか?

「一番気をつけているのは、この原作者の方は、どこまでの改変を許してくれるのか、ということ。僕はけっこう変えさせていただく方なので、いつも怒られないギリギリのところを探ってるんです(笑)。今回の映画も、ヒトミ(清水富美加)とアカコ(松井玲奈)、蔵前(落合モトキ)、大島(荒井敦史)のメインキャラクター4人と、マネジャーの永吉(角田晃広)以外、実は原作に出てこないキャラクターばかりで。ハマケン(浜野謙太)が演じたヒトミとアカコの大学時代の同級生もオリジナルの登場人物です。ただ、決して原作をムチャクチャにしようと思ってるわけではもちろんなくて。当然ですが、原作に込められたメッセージであるとか、“根っこ”のところをきちんと捉えることは常に心掛けています」

――原作の世界観を損なわないように改変しているわけですね。

「そうですね。原作をそのままトレースするくらいなら、最初からやらない方がいいんじゃないかって思うんですよ。原作を知っている人たちの中で出来上がっているイメージをそのまま再現しても、何だかなって(笑)。そういうスタンスじゃ、原作を超えるものなんて作れるわけがない。勝てっこないんです。そういう意味では、僕の場合は改変というより、映画にするための“翻訳”という感覚ですね。それだけに、原作者の方に『面白かった』って言ってもらえるとものすごくうれしいんです。今回の映画も、山本さんが試写を見ながら笑ったり泣いたりしていて、本当にうれしかったです」

――小説にしろ漫画にしろ、監督が「映像化したい!」と食指が動くのは、どういう作品ですか?

「まず前提として、自分自身が面白いと思ったもの。それと、今まで自分がトライしたことがないようなもの。そして、映像化の術がなかなか浮かばないもの。浮かばないからこそ、じゃあどうするのかと考えるのが楽しいんですね。映像にするのが難しければ難しいほど、知恵の絞りがいがあるというか。あとは、自分の興味の範疇から遠い題材にも惹かれます」

――飯塚監督は、脚本もご自身で手掛けることがほとんどですが、脚本を書きながら「このシーンはどう演出しようか」なんて考えることはあるのでしょうか?

「『ここはこういう画を撮ろう』と思うのは、一つの作品の中に何カ所かあるぐらいですね。脚本を書いている時点では。演出プランは脚本が出来上がってから考える、という感じですかね」

■ 清水と松井の自然な掛け合いは、2人が役になりきっているから成立する

――今回は漫才コンビが主人公ということで、漫才のシーンも大きな見どころになっています。

「漫才のネタに関しては、映画にも出演していただいた、なすなかにしのお2人に『こういう感じを入れてほしい』という僕のリクエストも聞いてもらいながら作っていただきました。今回の作品はどちらかというと、現場の演出よりも、そうした準備段階の方が大変だったかもしれません。特に、実際に漫才を披露する清水と松井は、撮影の合間にとにかく繰り返し繰り返し、稽古してました。どんなに面白いネタでも、2人の掛け合いの呼吸とか間とかいったものは訓練で身につけていくしかないので」

――現場で演出をされる上で苦労した部分はありますか?

「演出という意味では、漫才の方が普通の芝居を撮るよりも簡単なんですよ、実は。具体的に言うと、漫才というのは、2人に寄ったサイズのショットとフルショットの2種類があればいいんです。そもそも、僕たちがテレビで見慣れている漫才の映像がそうですからね。だから、いたずらにカメラを動かす必要はないんです。一応、保険でレールを使って撮ったりもしたんですけど、やっぱり必要なかったので(笑)。しかも今回は、めちゃくちゃ売れてる漫才コンビが晴れの舞台でネタを披露している、といったシーンではなく、事務所主催の定例ライブという設定だったので、その辺の空気感も出せたような気がします。

あと、ヒトミとアカコが焼き肉を食べるシーンがあるんですけど、あれもある種、漫才のシーンとして成立しているんじゃないかと僕は思っていて。2人で焼き肉を食べながら、いつの間にか掛け合いが始まるという場面なんですが、ああいうことって、そうそう簡単にできることではないと思うんです。役になりきったあの2人だからこそ成立したんでしょうね」

――ドラマ版と比べて、映画版ならではの工夫を凝らした点はありますか?

「工夫というほど大げさなものではないんですけど、テレビと映画の違いという部分を一つ挙げると、映画は音をサラウンドにできる点が大きい。今回、ただただリンゴの皮ををむくだけのしょうもないシーンで、サラウンドを使ってるんですよ。りんごをむいている音が何で回って聴こえるんだっていう(笑)。あんなサラウンドの使い方は僕しかやらないと思うんですけど。でも、ああいうことってテレビではできないことなのかなと」

■ なるべく本当っぽく見せる。“ナマっぽさ”が最大のテーマかもしれません

――撮影中、監督の想像を超えた“うれしい誤算”はありましたか?

「たくさんありましたよ。中でも印象的だったのは、ヒトミとアカコが、なすなかにしさん演じる先輩芸人の単独ライブにゲスト出演したシーン。先輩芸人がモメて舞台を降りちゃったから、彼女たちが穴埋めしなくちゃいけないんですけど、その漫才シーンは、予定していた尺よりも長くカメラを回したんですね。でも、2人はカメラが回っている間、ずっと漫才を続けてくれた。作品の中ではそんなに長く時間をかけるべきシーンではないし、台本にも漫才の一部分しか書かれていないんですけど、清水も松井も延々アドリブで漫才をやりきってくれて。エキストラでお客さんを入れていたから、それで余計に火がついたのかもしれません。客前でヘタはこけないぞ、という(笑)。ともあれ、あの漫才はDVDになったときに特典映像でノーカット版を入れたいな、と思うぐらい素晴らしかったです」

――ヒトミとアカコの普段の会話にも、すごくリアリティーを感じるんですが、やはりアドリブが多かったんでしょうか?

「映画版の後に撮ったドラマ版は、舞台劇のような感じというか、俳優たちにワンシチュエーションだけ与えて、後はアドリブも交えて自由に演じてもらったんです。でも映画版に関しては、アドリブはほとんどない。強いて挙げるとしたら、カラオケボックスでヒトミとアカコがケンカするシーンかな。あれは、現場で僕がせりふを書いて、清水と松井に渡しました」

――もともとの脚本にはなかった?

「脚本には、カラオケボックスの中で2人が何かモメている、とだけ書かれていて。せりふも2つ3つぐらいしかありませんでした。あの場面は、あえてそうしたんです。なぜかというと、ケンカのシーンできちんとせりふを決めておくと、みんな、流れるように滑舌もはっきりと、しかも前のせりふと被らないようにしゃべっちゃうんですよ。それはプロの俳優としては美点なんだけど、実際にケンカするときって、同じ言葉を繰り返したり、もっと雑然としたやりとりになるじゃないですか。しかも、このシーンは芸人同士がネタのことでモメているわけで、相当ヒートアップしているはずなんです。だから、その辺のリアルな感じを出すには、事前にせりふを決めておかない方がいいのかなと。

考えてみると、なるべく本当っぽく見せる、というのは今回の映画では常に意識していたような気がしますね。“ナマっぽさ”というのが最大のテーマだったかもしれません」

――確かにこの映画には、若手の芸人さんって普段はこんな感じなんだろうなという妙な生々しさがありました。

「もし僕が観客として、お笑い芸人が主人公の作品を見たときに、その芸人たちの日常のシーンがつまらなかったら、『どうせネタも面白くないんだろうな』って思ってしまう。だから、日常会話ひとつとっても面白い、という作品を目指しました。誰かと誰かがしゃべっているとき、その2人の間にマイクを立てたらそのまま漫才になってしまう、そんなシーンを散りばめたつもりなので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います」

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