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高円寺は住んだら抜けられない「ロック沼」 フリペやお寿司も充実

4/11(火) 7:00配信

オトナンサー

 20年前、上京して初めて住んだのは阿佐ヶ谷でした。その時の勤務先が、高円寺に当時あったインディーズのレコード会社。海外ミュージシャンの作品を日本盤として発売する業務を担当していた筆者は、輸入盤を買い付けては自らライナーノーツ(解説文)を書き、ラジオ局や出版社に宣伝して回っていました。

【写真】能年玲奈さん(当時)も表紙を飾った高円寺のフリータウンマガジン「SHOW-OFF」

抜群の記憶力を持つバーのマスター

 そのレコード会社が所有していたクラブの近くには当時、ロックバーがたくさんあり、高円寺駅北口からマクドナルドの奥に延びる「中通り商店街」(通称:ピンサロ通り)辺りに「ベルベット」「アジール」「JETHROW(ジェスロー)」「カオスパニック」「ZZ TOP」「ターンテーブル」「ラムホリック」などの店が集まっていました。

 ベルベットは何度か移転しています。かける音楽はほとんどレコードで、初めて店に入った時、昭和に活躍したシンガー・ソングライターの「山崎ハコ」をリクエストしたら、マスターの自宅に置いていたようで、残念ながら店には置いていませんでした。半年後にブラっと再び入ったら、「山崎ハコ、入りましたよ」と、マスターが開口一番教えてくれ、「前回名前すら言っていないのに、この記憶力はすごい」とひそかに驚いたのを覚えています。

 K-POPバーのアジールは、今では歌舞伎町ゴールデン街に移転。マスターは毎日、外国人観光客を相手にウイスキーの「山崎」でリクエストに応えています。JETHROWの店内には、デビッド・ボウイやポリスのレコードジャケットが飾ってあり、マスターと客の距離感も何とも気持ちよいものがあります。カオスパニックは、筆者もDJをやらせてもらった思い出のバーで、いつもラムコークを飲んでいた記憶があります。

表紙が毎号有名人のフリーペーパー

 レコード会社でCDを作り、クラブでDJをやりながら飲み歩く日々を送っていた時、高円寺にはフリーペーパーがないと気づきました。そこで、仲間たちと一緒に「SHOW-OFF」というタウンマガジンを作るようになったのです。ちなみに、SHOW-OFFは「見せびらかす」を意味しています。

 最初は8ページで始まったSHOW-OFFですが、これまで17年間続いており、今では36ページフルカラーの、見せびらかしたくなる豪華さになりました。これまでインタビューしたのは、みうらじゅんさん、安斎肇さん、能年玲奈さん(当時)、猫ひろしさん、江頭2:50さん、ゾマホンさん、浅草キッドの水道橋博士さん、玉袋筋太郎さん、サニーデイサービスの曽我部恵一さん、ソウルフラワーユニオンの中川敬さん、ゆらゆら帝国の坂本慎太郎さん、毛皮のマリーズの志磨遼平さん、黒猫チェルシー、どついたるねんなど、多数に上ります。能年さんはシャイで言葉数が少なかったですが、チャップリンやコント、お笑いの話をしたら、よくしゃべってくれた記憶があります。

 高円寺界隈で2万部を配布し、表紙は毎号有名人が並び、コラムは音楽雑誌「ロッキング・オン」の山崎洋一郎さんに長年連載してもらっています。最新号は高円寺にゆかりのあるミュージシャン、前野健太さんです。高円寺はロックな街であるため、取材するのもロックなアーティストが当然多くなります。

 ライブハウスだと、老舗の「JIROKICHI」や「SHOWBOAT」は健在で、火災に遭った「20000V」は東高円寺に移転し「東高円寺二万電圧」となりました。

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最終更新:4/12(水) 8:35
オトナンサー

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