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日々の食卓に違和感なく馴染む!普段使いできるモダンな九谷のうつわ作家3人

4/11(火) 19:10配信

サライ.jp

九谷の作家さんを含む3人の作品をご紹介します。いずれも普段使いできる日常のうつわです。

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まずご紹介する作家さんは、林京子さんです。林さんは九谷焼の本場である石川県能美市に工房を構える作家さんですが、その作風は伝統的な九谷焼とは対極とすらいえるものです。

九谷焼といえば、赤、黄、緑、紫、紺青という鮮やかな五彩の絵の具を使い、人物や動物、山水 (風景)などを大胆な構図で描いたうつわが代名詞です。しかし、林さんはおもに呉須という藍青色になる顔料を使い、絵付けをします。

伸びやかに描かれた、動植物の絵柄。白と青というシンプルな色使いゆえに、そのうつわは日々の食卓に違和感なく馴染み、気負わずに使えると大変な人気を博しています。

そんな林さんの作風は従来の九谷焼とは明らかに違う、異端とすら言えるもの。そんな林さんが、独立前に修業したのが、工房のすぐ近くにある「九谷青窯」でした。林さんはこの窯で、伝統に縛られず自由に物づくりをする精神を学んだのです。

九谷青窯の創業は1971年。主宰者・秦耀一さんは、東京でサラリーマンを経験したあと、地方で面白いことをやりたいと、石川県能美市で数人の仲間と九谷青窯を開窯しました。

当時はひとりを除いて全員、作陶の経験はなし。しかし、その作品は伝統的な九谷焼のなかでは異端と評されると同時に、これまでうつわに興味のなかった人々までをも魅きつけて、評判を呼びました。秦さんはこう語ります。

「九谷焼の始まりは17世紀です。素朴なうつわが主流だった当時、鮮やかな絵付けをする九谷焼は、その概念自体が非常に斬新でした。現代に生きる我々が、その伝統をただ模倣してもつまらない。とはいえ400年以上、九谷焼が続いてきたのにはやはり理由や長所があります。

伝統的な美しい文様や斬新な精神といった長所は受け継ぎつつ、現在の人々の心を動かす、いまの食卓に合ったうつわを作れないか。温故知新をテーマに、作陶を始めました」

実は秦さんの父は、北大路魯山人の料亭「星岡茶寮」の支配人なども務めたほどの鑑識眼の持ち主。父から数々の銘器を受け継いだ秦さんは、魯山人をはじめとする偉大な作家のうつわを、食事の際に普通に使ってきました。

うつわの価値とは何かを充分に知ってうえで、「これからは、偉大な芸術家の高価な作品を買い、家に飾って有難がる時代ではない。適正価格で手に入れやすく、日常のなかで使いやすいうつわの時代が来る」と看破したのです。

九谷青窯では創業以来、20~30代の若い陶工が10~12名ほど所属し、学びつつ作陶に励んでいます。

一般的には、窯元には親方がいて、その下に何人もの兄弟弟子がおり、その上下関係は厳しく、ゆえに仕事も分業になりがちです。しかし九谷青窯では、働き始めてからほどなく、デザインから成形、焼成、絵付けまでを一貫してひとりで行うことができます。

「平均年齢は30歳を超えないようにしています。ある程度、経験を積んだらひとり立ちできるようにする。独立すると、この近くに家と工房を構える人が多いんですよ」(秦さん)

そんな自由で伸びやかな主宰者の精神性が、そのまま九谷青窯の作品にも表れています。九谷の伝統を上手に取り入れつつ、モダンで遊び心のあるうつわを作る、新進気鋭の作家の作品をご紹介しましょう。

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最終更新:4/11(火) 19:10
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