ここから本文です

日本の新型ロケット「H3」、いよいよ開発が佳境に。その実力と未来を展望する

4/15(土) 9:10配信

HARBOR BUSINESS Online

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月31日、開発中の新型ロケット「H3」に使用する新型ロケット・エンジン「LE-9」の試験用のエンジンの製造が完了し、今年4月から約1年かけて、実際にエンジンを噴射する燃焼試験を開始すると発表した。

 H3ロケットは2020年度の初打ち上げが予定されており、現在運用中の「H-IIA」や「H-IIB」ロケットのあとを継ぎ、日本の宇宙開発を維持、発展させ、そしてさらなる高みへと押し上げるための重要な使命を背負っている。そして、H3ロケットを飛ばすLE-9エンジンは、日本が長年育んできた技術を使った高い性能をもつエンジンで、この燃焼試験の開始により、LE-9の、そしてH3の開発も、いよいよ佳境に入る。

 今回は、H3の目的から、開発の意義、そしてLE-9の特長などについて、2回に分けて解説したい。

◆2020年代の日本の宇宙開発を支えるために

 日本は現在、中型から大型の人工衛星や打ち上げるためのロケットとして、「H-IIA」ロケットを運用している。H-IIAは宇宙開発事業団(現JAXA)と三菱重工が中心となって開発され、2001年に初めての打ち上げに成功。以来、2017年4月時点で33機が打ち上げられ、そのうち32機が成功し成功率は約97%、また7号機以降は連続成功を続けており、これまでにJAXAの衛星から、内閣府の衛星、月・惑星探査機、海外の民間企業の衛星など、多数の人工衛星を宇宙へ送り届けてきた。

 また2009年には、H-IIAをもとにして、国際宇宙ステーションへの物資の運搬など、より重いものを打ち上げられるようにしたH-IIBロケットも開発され、こちらは6機中すべてが成功している。

 安定した実績を残しているH-IIA、Bだが、その現状と将来は決して順風満帆というわけではなく、実のところさまざまな問題を抱えている。

 たとえばH-IIAは、日本にとっては大型かつ、比較的重いものを打ち上げられるロケットではあるものの、他国にはさらに大型で、より重いものを打ち上げられ、それでいて価格は同じか、もしくは安価なロケットがあり、人工衛星のメーカーもそうしたロケットに合わせた衛星を製造することが多いことから、打ち上げ能力の不足と価格競争における競争力の低下という問題を抱えている。

 また、ロケットを製造したり、打ち上げたりする施設は老朽化しており、その維持のために決して少なくない金額が投じられ、宇宙開発の予算を圧迫している。

 さらに、H-IIAの開発から20年近く経つことで、新しい世代の技術者の育成や、技術力の低下を抑える必要も生じている。

 これらの問題はすべて密接に関係している。たとえば技術者がいなくなり、技術がなくなれば、新しいロケットを造ることも、今あるロケットを維持し続けることもできなくなる。

 また、ロケットがあっても、打ち上げ能力や価格が国際的な標準より下回っていれば、国内外から衛星打ち上げを受注することができない。すると打ち上げ回数が減るため、高コスト化や技術力低下をさらに招き、JAXAや内閣府などの政府系衛星すら打ち上げがおぼつかなくなってしまう。下手をすると、2020年代以降、日本がロケットをまともに打ち上げられなくなる可能性もある。

 こうした事情から、H-IIAより安価に、より大きく重い衛星を打ち上げられる、新しいロケットを開発する必要が生じた。そして2014年度から開発がスタートしたのが、「H3」ロケットである。

◆H-IIAより大きく、柔軟で、すばやい「H3」ロケット

 H3ロケットはH-IIAや、H-IIBよりも少し大きなロケットで、最大の打ち上げ能力も底上げされている。またエンジンや、パワーを補強するブースターの装着数を変えられるようにすることで、さまざまな種類の衛星の打ち上げに対応できるようになっている。同様の仕組みはH-IIAでもあるが、H3ではより柔軟に、そして効率的に対応ができるように配慮されている。

 また、ロケットの設計を簡素にしたり、部品数を削減したり、さらには、これまでロケットには、ロケット専用に開発された部品を使うことが多かったが、民生品を活用したりすることでコスト低減が図られる。

 さらに、これまでH-IIAは、注文を受けてから造り始める、いわば受注生産のような方法で製造されている。それだと製造ラインが稼働していない時間の無駄が多く、またすばやく注文に応えることもできない。そこでH3では、自動車や航空機のように淡々と生産を続け、注文が入ればすぐに組み立て、すばやく、柔軟に打ち上げられるようにする。

 同時に、ロケットそのものだけでなく、開発や運用の体制にもメスが入る。H-IIAやBまでのロケットは、まず国の機関であるJAXA(やその前身の機関)が主体となって開発し、運用が安定したあとで民間企業である三菱重工に移管する、という方法をとっていた。

 しかしそれでは、技術的に良いロケットは造れても、世界的な需要の動向や顧客の声などに、迅速かつ柔軟に対応することは難しい。前述のように、日本がロケットをこれからも維持、発展させていくためには、国内の需要だけでなく、国内外の企業から打ち上げを受注して、打ち上げ回数を稼がなければならない。つまり商業的に売れるロケットにしなければならない。

 そこでH3では、開発段階から三菱重工が主体的に参加し、需要の変化や、競合する他のロケットの動向などを見ながら開発することになった。つまるところマーケティングをしながら、それに沿ったロケットを開発し、運用していくということで、他の業種ならやっていて当たり前のことが、ようやく日本のロケットでも取り入れられることになる。

 こうしたロケットの技術的な進歩と、そしてそれを運用する体制の改革より、衛星(顧客)の要望に応じて、より迅速に、そして柔軟に打ち上げられるロケットを開発し、運用することを目指している。

◆H3のコストはH-IIAの約半額、それで世界に勝てるか

 このように、従来とは大きく異なる方法で、より良いロケットを目指して開発が進むH3だが、それでも世界の他のロケットと比べ、圧倒的に優位に立てるかといえばそうではない。

 ロケットの打ち上げを発注する側、つまり衛星通信会社などの顧客が重視する要素に、打ち上げ価格がある。

 H3の打ち上げコストは現在のところ、H-IIAの約半額を目指すという。H-IIAは最も打ち上げ能力が小さい構成で約100億円、大型の衛星を打ち上げる場合などにブースターを複数取り付ける構成だと120億円くらいとされるため、H3の打ち上げコストは50億円から60億円ということになる。ここに利益を乗せた販売価格がいくらになるかはわからないが、いずれにしてもコストも価格も、H-IIAより数割安くはなる。

 しかし、米国のスペースXが運用している「ファルコン9」は、現時点でも打ち上げ価格は6200万ドル(約68億円)であり、さらに機体を再使用することで10~30%の割引が可能だとしている。

 また、現在衛星打ち上げ市場でトップをシェアを握っている欧州のアリアンスペースも、2020年に新型ロケット「アリアン6」を投入することを計画している。アリアン6の価格は9000万ユーロ(約105億円)を狙っているとされ、数字だけ見ると高いものの、アリアン6は衛星を2機同時に打ち上げられるため、衛星1機分にするとおおよそ半分の価格になる。

 数字だけ見れば、H3は他と比べて大きく安いというわけではなく、同じくらいか、あるいは高くなる可能性がある。そのため価格面での優位性はない。

 もっとも実際のところ、各ロケット会社が出すコスト、あるいは価格は、何をどこまで含んだ額なのかが曖昧で(たとえばロケットだけの金額なのか、打ち上げにかかる設備費や人件費も含んだ金額なのか)、単純に比較することは難しい。また、今回参考までに現在の為替レートで換算した日本円も併記したが、今後その値が大きく変動することもありうる。

◆日本のロケット打ち上げに課せられているハンデ

 しかし、価格面で優位に立てたとしても、あるいは優位に立てなければなおのこと、H3の置かれた状況は芳しくない。ロケットそのもの以外にも、日本はいくつかのハンデを抱えているためである。とくにH-IIAやH3が打ち上げられる、鹿児島県の種子島宇宙センターにその問題が集中している。

 たとえば、種子島宇宙センターから地球を南北に回る軌道に向けてロケットを打ち上げる場合、種子島やフィリピンなどに機体が落下する危険を避けるため、まずロケットをいったん東に向けて打ち上げ、陸地から十分に離れたところで、ロケットの飛ぶ方向を南に変える、という面倒なことをする必要がある。この場合、東に飛ぶ分は無駄になるため、ロケットが本来もつ能力より、打ち上げ能力が下がってしまう。

 また種子島宇宙センターへ、大型の人工衛星を直接運び込むことができないという問題もある。種子島には種子島空港があるが、滑走路が短いため、大型の輸送機が着陸できない。そのため、いったん北九州空港や中部国際空港などに降ろし、そこから船で種子島港へ運び、さらに陸路で宇宙センターへ運び込む、という方法をとらざるをえない状況にある。

 ちなみに海外の発射場、たとえば欧州のアリアン・ロケットが打ち上げられるギアナ宇宙センターは、空港と発射場が直結されているため、衛星を直接陸路で運び込むことができる。

 また、種子島宇宙センターの施設は狭く、さらに老朽化も進んでいる。

 もちろん、こうした問題のうち、いくつかは改善に向けた動きが行われている。たとえば、かつては日本の法律上、クレーンなどの免許を必要する機器を操作する場合、日本で発行されている免許を持っていない限り扱うことができず、海外製の衛星を打ち上げる場合、外国人の技術者が衛星を触れないという問題もあったが、2015年に改正され、条件付きながら可能になった。

 また、施設の老朽化についても、H3の開発と並行して、いくらかの対応が行われることになっている。

 しかし、まだ他国の環境と比べると十分ではなく、よりいっそうの改善が求められており、種子島以外に発射台を求める意見もたびたび出ている。

◆H3の開発と運用、そして日本の未来を軌道に乗せるために

 H3ロケットの開発を、単に「H-IIAロケットより打ち上げ能力の大きなロケットを造ること」として見れば、それ自体は不可能ではないだろう。

 しかし、計画どおりにコストを下げること、すなわち次々と打ち上げをこなすこと、次々打ち上げられるほどの需要ができるよう、国内外から衛星打ち上げの受注を取ってくること、そして、そうして得た顧客の希望に応え続け、信頼を維持し、さらに新たな顧客を呼び込むこと、といったことは、単なる技術の話でなく、ロケットの開発と運用を事業としてうまく回せるか、という話である。

 それは価格や発射場をとりまくハンデから、簡単な挑戦ではない。また、これらはこれまで日本のロケット業界がほとんど経験してこなかったことでもあり、アリアンスペースなどの商売上手なロケット会社と比べると、経験も実績も大きな差がある。

 仮にH3が他のロケットと比べて高く、売れなかったとしても、日本国内の衛星打ち上げだけでも少なくない需要があるので、維持し続けることは不可能ではないだろう。

 しかし、それでは現在のH-IIAと、そして日本のロケット産業が陥りつつある問題をふたたび繰り返すことになる。今はまだ挽回のチャンスがあるかもしれないが、H3の次の時代には、技術力の低下と、今以上に競争力の高いライヴァルが多数登場することによる競争力の低下で、今度こそいよいよ、日本がロケットを維持できなくなってしまう可能性もある。

 それを避けるためには、単にロケットの技術や性能だけでなく、頻繁に、迅速に、そして柔軟な打ち上げを可能にする体制、そして売る体制も伴わせ、H3に、アリアン6はもちろんファルコン9とも対等に戦え、さらには彼らを喰らい尽くすほどの力が必要になる。いなければならない。そのためにはJAXAや三菱重工の努力だけでなく、国の積極的な支援も必要だろう。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。

Webサイト: http://kosmograd.info/

Twitter: @Kosmograd_Info

【参考】

・H3ロケット用LE-9エンジン完成、種子島での燃焼試験へ(http://www.jaxa.jp/topics/2017/index_j.html#news9882)

・H3 | ロケット | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター(http://www.rocket.jaxa.jp/rocket/h3/)

・2020年:H3ロケットの目指す姿 2015年7月8日 JAXA第一宇宙技術部門 H3プロジェクトチーム 岡田匡史(http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/jaxatv_20150708_h3.pdf)

・3.我が国の輸送システム分野の状況⑤~我が国の射場、射場系設備の老朽化状況(1)~(http://www8.cao.go.jp/space/comittee/dai5/siryou4-4.pdf)

・クレーン等安全規則第二百二十四条の四第二項第四号等の規定に基づき厚生労働大臣が定める者|安全衛生情報センター(http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-2/hor1-2-19-1-0.htm)

ハーバー・ビジネス・オンライン