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なぜ金正恩は危険を顧みずパレードに姿を現したのか ひとつの「結論」が出たようだ

現代ビジネス 4/16(日) 8:01配信

 史上最大級の緊張を見せる朝鮮半島情勢。15日には故・金日成国家主席の生誕を祝う行事が行われ、金正恩委員長も姿を現した。その一挙手一投足に世界の注目が集まる中、「孤独な独裁者」はどんな一手を打つのか。側近たちはどう動くのか――。『金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日』の著者、牧野愛博・朝日新聞ソウル支局長が分析する。

父・正日は姿を隠したが…

 米軍がシリアを攻撃してから5日後の4月11日、北朝鮮の金正恩委員長は濃紺の人民服に身を包み、平壌で開かれた最高人民会議に現れた。

 さらに2日後の13日、今度は正恩氏自慢の再開発区域である平壌・黎明通りの竣工式に妹の与正氏らと共に姿を見せた。すぐそばには平壌に入っていた外国メディアも多数いた。

 この頃、すでに米原子力空母カールビンソンが予定を変更して、朝鮮半島近海に向けて航行しているという報道が洪水のように流れていた。そして迎えた15日、正恩氏は背広姿で群衆の前に姿を現し、祖父・金日成国家主席生誕105周年を記念する軍事パレードを閲兵した。

 リアルタイムで自らの姿をさらした正恩氏は、2003年に父、金正日総書記が見せた行動とはずいぶん異なっている。米国がイラクに戦争を仕掛けた03年春、金総書記の動静は数十日間にわたって途絶えた。関係国は当時、金総書記が「米国が平壌も攻撃するかもしれない」と思ったからだと考えた。

 一見、無警戒にも見える正恩氏の真意はどこにあるのか。

 正恩氏の場合、人一倍警戒心が強いことは、脱北した北朝鮮高官らの証言から明らかになっている。

 父や祖父の時代、「1号行事」と呼ばれる北朝鮮最高指導者が出席する行事は、事前に準備が入念に行われた。行事の開催を秘密にしていても、道路の統制や施設の清掃、参加者の教育などから、近隣の住民たちはうすうす、「間もなく最高指導者がやってくる」と気づいていた。

 しかし、正恩氏が指導者になってから、そうした事前準備は極力簡素化され、同じ施設で働く人間ですら、正恩氏の来訪を知らないケースもあるという。正恩氏が執務する官邸や治療を受ける烽火診療所など、立ち回り先の周辺は立ち入り禁止区域に指定され、一般人は立ち入れない。

 その正恩氏が、空母接近のなかでもあえて身をさらした背景には、「金日成国家主席の遺訓がある」と、父親が労働党幹部だった脱北者の一人は語る。遺訓とは「勝てる場合にのみ戦い、勝てない場合は逃げろ」という、パルチザンとしての経験を基にした教えだという。

 正恩氏も、米国と正面衝突して勝てないことは十分わかっている。ここは、空母が朝鮮近海から去るまで、隠忍自重しようと思い定めたとみられる。

 あえて公開の席に出てきたのは、「米国と争う考えはない」という意思を身をもって示したのではないだろうか。

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最終更新:4/16(日) 20:21

現代ビジネス

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