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簡素で頑丈な、日本独自のロケット・エンジン「LE-9」。いよいよ燃焼試験がスタート

4/18(火) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月31日、開発中の新型ロケット「H3」に使用する新型ロケット・エンジン「LE-9」の試験用のエンジンの製造が完了し、今年4月から約1年かけて、実際にエンジンを噴射する燃焼試験を開始すると発表した。

⇒【資料】LE-9が採用するエキスパンダー・ブリード・サイクルの図

 H3ロケットは2020年度の初打ち上げが予定されており、現在運用中の「H-IIA」や「H-IIB」ロケットのあとを継ぎ、日本の宇宙開発を維持、発展させ、そしてさらなる高みへと押し上げるための重要な使命を背負っている。そして、H3ロケットを飛ばすLE-9エンジンは、日本が長年育んできた技術を使った高い性能をもつエンジンで、この燃焼試験の開始により、LE-9の、そしてH3の開発も、いよいよ佳境に入る。

 先日は、H3ロケットの目的や、開発の意義などについて解説したが、今回はそのH3を宇宙へ飛ばす、LE-9ロケット・エンジンの特長や可能性などについて解説したい。

◆さまざまなロケット・エンジンの仕組み

 ロケットというと、後ろから豪快に吹き出す炎や煙、そして轟音が特徴的である。その源であるロケット・エンジンは、ロケットを宇宙へ飛ばすために、最も必要不可欠な部品である。

 しかし、一口にロケット・エンジンといっても、それを動かす仕組みにはさまざまな種類がある。

 ロケット・エンジンのうち、液体の推進剤(燃料や酸化剤)を使うエンジンは、燃焼室という円筒形の部屋で両者を混ぜて燃やし、それによってできたガスを、ノズルというお寺の鐘のような部品を通して噴射し、前に進む力を得ている。

 大きな噴射力を得るため、燃焼室は高温、そして高圧の状態になっている。この燃焼室で推進剤を燃やし続けるためには、推進剤を絶え間なく送り込まなくてはならないが、燃焼室が高圧であるということは、推進剤を送り込むにはそれ以上に高い圧力が必要になる。

 その強力な圧力を作り出すため、液体エンジンの多くは、ターボ・ポンプという強力なポンプをもっている。ターボ・ポンプは、まずエンジン本体のメインの燃焼室とは別にある、小さな燃焼室で推進剤を燃やし、その発生ガスでポンプを動かすことで、推進剤をエンジン本体に送り込むのに必要な力を作り出している。

 厳密にはさらに細かい種類はあるものの、こうした仕組みのエンジンは、現在の日本の主力ロケットであるH-IIAをはじめ、スペースXのファルコン9や、米国やロシア、欧州、中国など、世界中のロケットの大半が採用している。

◆簡素で造りやすく、頑丈で壊れにくいエンジン

 しかし、日本の新型ロケット「H3」が採用しようとしている「LE-9」では、これとは違う、日本独自の「エキスパンダー・ブリード・サイクル」という方式を使う。

 エキスパンダー・ブリード・サイクルは、ターボ・ポンプを動かすための、小さな燃焼室がない。その代わりに、燃料である液体水素を燃焼室やノズルの壁面に流し、熱を吸収した際に発生するガスを使って、ポンプを動かす。ポンプを動かしたあとのガスは、ノズルの内側から外へ排出される。ちなみにこのガスは、ノズルと、そこから噴射されるガスとの間で壁のような役割を果たし、ガスの熱からノズルを守る役割を果たす。

 この仕組みは、小さな燃焼室を使う形式のエンジンと比べると、全体的な効率や性能はやや劣る。しかし、エンジンの各部分にかかる圧力が小さくなるので、構造が簡素で造りやすくなり、低コスト化が期待できる。

 また、その簡素な構造のおかげで、不具合や故障が起こりにくくもなる。さらに機体の姿勢が乱れている場合など、多少条件が厳しくとも、エンジンを動かすこともできる(これは実際に過去の打ち上げで実証されている)。

 おまけに、エンジンの各部にかかる圧力も低いこともあり、故障してもすぐに爆発はせず、ゆるやかに停止できる余裕が生まれる。つまり、他のエンジンと比べて、頑丈で壊れにくいため、低コスト化に加えて信頼性、安全性の向上も期待できる。

 エキスパンダー・ブリード・サイクルのエンジンは日本が世界で初めて実用化し、その後改良を重ね、現在もH-IIAロケットの第2段エンジンとして使用されている。実用エンジンとして使っているのは日本だけであることから、「日本独自のエンジン」でもある。

◆LE-9の成功の鍵は、”強み”をどのように活かせるか

 しかし、日本独自のエンジンとは言っても、それは性能や技術が世界一、ということをすぐには意味しないことに注意が必要である。

 エキスパンダー・ブリード・サイクルは、前述のように他のエンジンと比べて構造が簡素で、頑丈で、安全性に優れている反面、全体的な効率や性能ではやや劣る。そのため、「優れたエンジン」と呼べるようにするためには、その劣る分を、どのようにして別の要素で補うことができるかが重要になる。

 つまり、他のエンジンより効率や性能といった数字では劣っていたとしても、簡素で頑丈であることを活かし、安価で壊れにくくすることはできるかもしれない。

 たとえば、高性能なエンジンを使ったロケットが、エンジンの故障で10回中1回失敗し、一方で性能はやや劣るLE-9を使ったH3ロケットが10回中すべて成功すれば、「優れたエンジン」、「優れたロケット」と呼べるのは後者になるだろう。さらにそこへエンジン価格も安いというおまけもつけば、その評価はより上がることになる。

 また、将来の発展性という点でも、エキスパンダー・ブリード・サイクルは大きな可能性を秘めている。

 たとえば構造が簡素で、頑丈であるということは、本質的にエンジンの再使用にも向いている。これまで本サイトでは、実業家イーロン・マスク氏が率いるスペースXが、これまで打ち上げごとに使い捨てていたロケットを再使用し、旅客機のように何度も飛ばせるようにしていることを取り上げてきたが、日本もこうした再使用ロケットを開発できる可能性がある(もっとも、現時点では、H3を再使用できるようにするという計画はない)。

 また、エキスパンダー・ブリード・サイクルの爆発しにくいという点は、人が乗った有人宇宙船の打ち上げで最大限に活かすことができる。たとえロケットが故障しても、エンジンが爆発せず、安全に止めることができれば、脱出装置を使って宇宙船や乗組員をロケットから脱出させる機会や時間、余裕の増加につながるためである。

 もっとも、現在、日本は独自の有人宇宙船をもっておらず、また開発する具体的な計画もない。そもそも、日本が独自に有人宇宙飛行をやるべきかどうかはさまざまな意見がある。やれるのに越したことはないだろうが、宇宙船の開発や運用にかかる費用や必要性などを考えると、反対意見も多い。

 将来的に、日本が有人宇宙飛行についてどのような道を選択するかはわからないが、もし独自の有人宇宙船、有人ロケットを保有するということになれば、LE-9とH3の存在は、それを可能にする大きな材料になる。行わない場合でも、他の簡素であることや、故障しにくいといった特長は残るため、まったくの無駄にはならない。

◆エンジンの燃焼試験開始で開発は佳境に

 JAXAによると、LE-9の試験エンジンを使った燃焼試験は、今年4月から2018年3月までの1年をかけて、また複数のエンジンを使い、合計で40回以上実施するとしている。

 これまでのところ、LE-9の開発は、やや遅れつつも比較的順調にきている。ただ、他国のエンジン開発でも言えることだが、実際にエンジンに火を入れて噴射する燃焼試験の段になってから新たなトラブルが発生することは多く、まさしくこの燃焼試験が、LE-9、そしてH3にとって、開発の大きな山場のひとつになる。

 もうひとつ忘れてはならないのが、第2段エンジンの存在である。H3の第2段エンジンには、現在のH-IIAやH-IIBにも使われている「LE-5B」というエンジンを改良し、信頼性向上や低コスト化を施したものを使う。こちらの開発も進んでおり、燃焼試験も今年3月30日から始まっている。

 現在の計画では、2020年度にLE-9を装備したH3ロケットの試験機が打ち上げられ、その後も打ち上げを重ね、数年のうちにH-IIAやH-IIBロケットを代替することになっている。そこにたどり着くには、いよいよ始まったLE-9の燃焼試験がうまくいくか、そしてH3の開発が成功するかどうかにかかっている。

 そして運用が始まったあとも、前回取り上げたように、安価にかつ高い頻度と信頼性で打ち上げを続けることができ、さらに並み居る他のロケットと競争し、それに勝って国内外から打ち上げの受注も得られるかどうかなど、険しい道が待ち受けている。

 さらにエキスパンダー・ブリード・サイクルという日本独自の技術をうまく育てることができれば、再使用ロケットや有人ロケットへの発展の可能性も見えてくる。

 こうした困難と挑戦をくぐり抜け、H3が日本の、そして人類の宇宙活動を未来を切り拓く存在になることを期待したい。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。

Webサイト:http://kosmograd.info/

Twitter:@Kosmograd_Info

【参考】

・LE-9|エンジン|JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター(http://www.rocket.jaxa.jp/engine/le9/)

・(http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/jaxatv_20150708_h3.pdf)

・LE-Xエンジン開発へ向けた取り組み(https://www.mhi-global.com/company/technology/review/pdf/484/484040.pdf)

・H3ロケット1段用LE-9エンジンの燃焼安定性向上(https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/534/534036.pdf)

・三菱重工技報 Vol.51 No.4 (2014) 航空宇宙特集 再使用型ロケット開発に向けた取り組み状況について(http://www.mhi-global.com/company/technology/review/pdf/514/514044.pdf)

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最終更新:4/18(火) 16:20
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