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開沼博の正体(前編)──原発事故被害を「漂白」する伝道師(明石昇二郎)

週刊金曜日 4/21(金) 15:50配信

良識ありげにデタラメを言う人が、なぜこれほど“評価”されるのだろうか。福島をめぐる見解、とくに安全性にかんする言説には両極端があり、被災者を悩ませている。だからこそ、私たちは「事実」を重視すべきだ。デマの垂れ流しを放置してはならない。

「『即座に原発をなくせ』ということが、ただでさえ生活が苦しい原発立地地域の人間にとっては仕事を奪われることになる。それがどれだけウザいか。『奇形児を作らせるな』と障がいがある方もデモに参加している中で叫ぶ。新たな抑圧が生まれかねない状況がある以上、手放しでは見過ごせません」

 社会学者・開沼博氏が「日刊サイゾー」に寄せたコメントである(http://news.livedoor.com/article/detail/5769413/)。彼が批判したのは、今から6年前の2011年4月10日、東京・杉並区高円寺でおよそ1万5000人が参加して行なわれた「原発やめろデモ!!!!!」のことだ。

1万5000人の反原発デモは「ウザい」

翌12年6月の「首相官邸前20万人デモ」の端緒となったこの大規模デモは、福島第一原発事故とそれに伴う計画停電の衝撃が冷めやらぬ中、行なわれていた。

 その「高円寺デモ」を、明石も取材している。デモとデモの参加者たちから受けた印象を、拙著『刑事告発 東京電力』(金曜日)の中で次のように書いた。

「彼らは三月一一日以降、大地震の揺れに見舞われ、帰宅難民となり、原発の爆発で肝を冷やし、首都圏まで飛んできた放射能で被曝を強いられ、水道水や野菜が放射能で汚染されたことで恐怖のどん底に突き落とされ、計画停電によって(鉄道の運転本数減をはじめとした)不便や(道路の信号機が点かないなどの)危険を強いられ、それでも、この日まで耐え忍んできた。そんな我慢を重ねてきた彼らがこの日、ついに感情を爆発させ、こんなことはもうゴメンだと、怒りの意思表示をしたのだ――」(カッコ内は筆者注)

 同じデモを見ていながら、受ける印象はこうも違うものなのかと驚かされる。ただ、開沼氏が指摘する「奇形児を作らせるな」との叫び声は、デモの取材中、一度も耳にすることはなかった。

 この日の高円寺デモにこれほど人が集まるとは主催者でさえ予想しておらず、それはデモを規制する警察や、デモを取材するマスコミにしても同様だった。同じ日に港区の芝公園周辺でも反原発デモが行なわれており、大半のマスメディアは「芝公園デモ」のほうを取材していたのである。

 だが、社会学者の開沼氏は、毎日出版文化賞を受賞した自著『「フクシマ」論』(青土社)の中で次のように「高円寺デモ」を評論する。

「主催者は『大成功』だったと公式サイトで振り返る。ところが、『大成功』の一方で参加者やそこに共感を寄せる者が満足できなかったことがある。それはテレビ・新聞という大手旧来型メディアがこの一五〇〇〇人の『大成功』のデモをとり上げなかったことだ」

 この日は、統一地方選の投開票日でもあった。当たり前のことのように思えるが、マスメディアは「反原発デモ」より選挙結果に紙面や放送時間を割き、原発推進を掲げた首長や議員が軒並み再選を果たしたことを報じていた。開沼氏は、こうした選挙結果を根拠に、原発の大事故が起きてもなお、原発で禄を食む人々のために「原発は維持」されるとして、

「原発を動かし続けることへの志向は一つの暴力であるが、ただ純粋にそれを止めることを叫び、彼ら(原発の仕事で収入を得ている人々)の生存の基盤を脅かすこともまた暴力になりかねない」(カッコ内は筆者注)

 と、デモを敵視する。

 しかし、開沼氏は「高円寺デモ」当日、取材で新潟県を訪れていたのだという。当の『「フクシマ」論』に、そう書かれていた。

 恐れ入ったことに開沼氏は、高円寺に来ないで「高円寺デモ」を批判していたのである。その上で開沼氏は、見ていないデモを「ウザい」「見過ごせません」などと罵倒していた。

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最終更新:4/21(金) 19:02

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