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NHK「プロフェッショナル―」番組スタッフが語る“継承と挑戦”

4/22(土) 7:00配信

ザテレビジョン

NHK総合で毎週月曜夜10.25から放送中の「プロフェッショナル 仕事の流儀」。さまざまなプロフェッショナルに密着して、その仕事ぶりや哲学に迫るNHKの看板番組の一つだ。

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これもまた看板番組だった「プロジェクトX~挑戦者たち~」(2000年~2005年)の後番組としてスタート。放送10周年の節目を迎えた2016年度には、18歳世代の若者たちが番組で取り上げたプロフェッショナルの下で仕事の極意を学ぶ、「10代 VS. プロフェッショナル 弟子入りスペシャル」(2016年11月28日放送)や、初めて競走馬にフィーチャーした「ただ、ひたすら前へ 競走馬・オグリキャップ」(2017年2月13日放送)を放送するなど、新たな挑戦を続けている。

そんな「プロフェッショナル―」立ち上げ時のディレクターであり、現在チーフ・プロデューサーを務める大坪悦郎氏を直撃して、番組の変遷と新たな挑戦の意味、立ち上げ時から継承される取材の流儀を聞いた。

■ 番組立ち上げメンバーが語る「プロフェッショナル―」黎明期の空気とは!?

――まずは、大坪さんと番組のかかわりを聞かせてください。

僕は、前番組である「プロジェクトX―」を作っていて、2006年の「プロフェッショナル―」立ち上げ時に、そのままディレクターとして加わりました。当時、チーフ・プロデューサーを務めていた有吉伸人さんが言っていたのは、「『プロジェクトX-』は“過去の物語”だったが、これからは“現在進行形の、生きているドラマ”を撮っていこう」ということでした。

その頃、ある個人に1カ月くらい朝から夜まで密着して…という番組はなかったので、大変なのは予想されましたが、「これまでの番組とは違うぞ」という“ワクワクドキドキ感”がありましたね。

――当時取材した中で、特に印象に残っているものはありますか?

僕は2008年に一度番組を離れるのですが、そこまでで特に印象深かったのは、洋上加工船でファクトリーマネジャーをしている吉田憲一さんの回(2008年放送)。ある日、有吉さんに呼び出されて、「(アメリカ・)シアトルにすごい日本人がいる。獲った海産物を船の中の工場で加工品にしていて、200人の部下は全員外国人らしい」と聞かされたんです。ちょうど、その頃取材していたイチローさんからの情報提供でした。

ただ、話を聞いたのが2007年の12月20日くらいだったのですが、次に吉田さんの船が出航するのは翌年の1月12日で、一度海に出たら2カ月は帰ってこないというんです。それで「行きますか、行きませんか」って、もう「電波少年」の世界ですよね。行かない選択肢はなかったです(笑)。

1月8日にアメリカに着いて、その日は吉田さんにごあいさつしただけ。1月12日には船に乗り込むので、陸上のシーンを撮れるのは3日しかなくて、その間に必要な絵をいろいろと考えて撮りました。ただ、現地に着いて分かったのは、船の中に工場があることはもちろんすごいのですが、食品工場なのでそもそも事件が起こらない。というより、起きてはいけないんですよね。その中で何を撮れば番組として成立するのか結構苦労しました。

――2008年に番組を離れてからは、どのような経緯を経て「プロフェッショナル―」に戻ってこられたのですか?

大阪局への転勤などを経て、2015年にチーフ・プロデューサーとして戻ってきました。なぜ呼ばれたのかは謎ですが(笑)、まさか、自分がディレクターをやっていた番組のチーフ・プロデューサーになるとは思わなかったですね。番組が長く続いたからこそだと思います。

チーフ・プロデューサーは僕で5人目になるのですが、これまでのプロデューサーはみんな、デスクやディレクター経験者です。「プロフェッショナル―」は、ある種、独特の文法というか作り方があるので、慣れるのに時間が少しかかります。間の取り方や話の組み立て方が、他の番組に比べて多少独特と言えるかもしれません。

■ 密着は約40日、取材の流儀とは?

――そもそも、取材対象の方はどのように決定しているのですか?

いわゆる企画会議みたいなものは、月に1回あるかないかくらいです。基本的には、ディレクターがその都度「この人どうでしょう?」という候補を挙げて、良さそうなら実際に会いに行って話を聞かせてもらい、それでロケに行きます。昔から、そのスタイルはあまり変わらないですね。

場合によっては「明日から行こう」となることもありますが、もちろん相手のスケジュールが優先です。僕らは、仕事の山場を目がけて撮影したいので、それが1週間後ならすぐ行くし、半年後、来年であればそこまで待ちます。

密着のスケジュールとしては、だいたい40日を目途にしています。当然、それより短いものもありますし、最近では細田守監督の回などは1年くらいの長期間、宮崎駿さんにいたっては今も密着し続けています。

――約1カ月密着するとなると、さまざまな準備が必要だと思いますが、密着が決定した段階で最初に考えることは何ですか?

決まった段階では、何が撮れるのか全く分からないんです。だから、とりあえず行って考えるしかないですね。「現場に行く、ことが起きる、考える」の繰り返しです。

でも、気を付けないといけないのは、あまりにも取材対象の方との距離が近くなってはいけないということ。僕らはあくまで、“素”の姿を撮りたいんです。でも、サービス精神旺盛な方だと、「いいこと言ってやろう」とか「今日やるはずじゃなかったけど、これやりましょうか」とか、気を遣ってしまう。

それが“うそ”だとは言いませんが、共犯関係になって、僕らのために何かをやってもらうのはよくないと考えています。映像は正直で、その辺りが透けて見えるときがあるので。だから、なるべくつかず離れずという距離感は大事にしてやってきましたし、今のディレクターたちも気を付けていると思います。

■ キーワードは“2つ前から2つ後まで”

――長期間の取材というのは、人間関係の面で難しいことも多いのではないですか?

そうですね。僕も何度か、取材対象の方とけんかしたことがありますよ。でもそれは、その人が嫌いでけんかするのではなくて、こちらも精一杯きちんと描きたいからです。

「これでは納得できないから、ちゃんと話を聞かせてほしい」とか、その覚悟は取材対象の方にも伝わっていると思います。他のディレクターやプロデューサーも大なり小なりあるようですが、それで取材中止ということにはならないですし、そこまでするからこそ、取材した方とはその後も長い付き合いになることが多いです。

――ほかに、取材の際にディレクターの方たちが気を付けていることはありますか?

有吉さんの時代から言われているのは「狙っているものの2つ前から撮って、2つ後まで追いかけろ」ということですね。

たとえば、ある会議が大事なポイントであれば、会議に入ってくるところから撮るのではなくて、その2つ前から追いかけないといけない。それは、家を出るところかもしれないし、もっと言えば、会議2日前の準備かもしれない。そして、会議で何か決着したとしても、その2つ後まで追う。そうでないと、その会議の本当の意味は分からないんです。

要は、“物語の核心は、大事なことの前後で起きている”ということですね。それを撮ってこそドキュメンタリーだということは、有吉さんに言われました。

――先ほどからお話に出ている有吉チーフ・プロデューサーは、「プロジェクトX―」にも立ち上げから関わった名物プロデューサーですね。有吉さんから受け継がれているものは、多いですか?

僕自身、有吉さんからは、取材者としてどのように対象に向き合うべきか、その基本姿勢みたいなものを学ばせてもらいました。

それから、うちの班のスローガンは、10年前に有吉さんが言っていた「倒れるときは、前のめり」という言葉です。「どうせ失敗するなら大胆にこけろ」、「引け腰ではなく、前につんのめって倒れるくらい、勢いを持って仕事をやれ」というのは、僕だけでなく、今のディレクター陣にも引き継がれていると思います。

■ 10周年の節目に放送した“新たな挑戦”

――そうした継承を経て、昨年、番組は10周年を迎えました。新たな挑戦として、10代がプロフェッショナルに仕事の極意を学ぶという特別企画も放送されましたが、この企画の意図はどこにありましたか?

あれは、番組公式アプリを作ったのが始まりですね。「プロフェッショナル―」風のムービーを作れるアプリで、これをいかに番組と連動させるかという中で生まれました。プロフェッショナルに弟子入りしたいという方に、エントリーシートと一緒に、自己PR動画としてアプリで作ったムービーを送ってもらって、それを見て選考の材料にしました。

応募告知後には、10代以外からも「自分もやりたい」とか「18歳じゃないと駄目なんですか?」という声が届きました (笑)。実際はロケ期間が限定されていたのがハードルになって、応募数は限られたのですが、放送後も含めて反響は大きかったと思います。

――それから、2017年の放送では、初めて競走馬をフィーチャーした“オグリキャップ”の回も印象的でした。

僕らは、毎回新しい人を探して密着しているのですが、次第に“型にはまってきたのではないか”、“マンネリ化してきたのではないか”という声も聞かれてきたんです。

「プロフェッショナル―」は主に、仕事の流儀を紹介するパート、これまでの人生に迫る過去パート、現在進行形のドキュメント、という3部構成で出来ています。ですが、その形自体が、ある種マンネリ化しているのではないかという意見もあります。そこで、変わったことを、せっかくなら分かりやすいくらいに変わったことをした方がいいなと思ったんです。

まずは、今生きている方ではなく、各界のレジェンド的な存在で作ろうと決めました。過去、同じように藤子・F・不二雄さんを特集したことがあったので、今度は人ではなくてもいいのではないかという話になり、競馬好きのディレクターが、オグリキャップでやりたいと言ってきたんです。

ちょうどデビューから30年という節目でもあり、取材してみると“血統がすべて”と言われる世界の中で、血統や運命を乗り越えて勝っていく姿が、格差社会の現在にある種のメッセージを届けられるのではないかと思いました。

――こちらの反響はいかがでしたか?

これも、結構多かったですね。僕もツイッターの反応を拾いながら見ていたのですが、当時、生で見ていた人だけではなく、「競馬は知らないけど、お父さんが解説してくれて、よく分かった」とか、「当時よく分からないまま、父に競馬場に連れて行かれていたが、こういうことだったのか」とか、いろいろな世代がそれぞれの見方をしてくれたという意味で、成功だったのかなと感じます。

■ 長寿番組の宿命!?「プロフェッショナル―」のマンネリ化とは?

――“マンネリ化”を指摘する声が届いたとのことでしたが、長寿番組ではある種の宿命とも感じます。大坪さんは、番組のマンネリ化についてどのように考えていますか?

僕は、この番組のスタイル自体を、まるっきり変える必要はないと思っています。でも、作り手が「『プロフェッショナル―』とはこうあるべきものだ」と思って作ってしまうと、多分飽きられます。

この番組は、元々、「きちんと人物を描く、長尺のドキュメンタリーを作れる場を作ろう」というのが基本精神なんです。だから、あくまで、取材対象の方の人生や仕事ぶりを描く上で、「プロフェッショナル―」という枠が最適であれば、そうする。そういうスタンスです。

それに、テーマ曲の「progress」と、橋本さとしさん、貫地谷しほりさんのナレーション、僕らが“黒ポン”と呼ぶ、黒地に白文字が浮かぶ演出があれば、「プロフェッショナル―」だと分かるくらいのブランドイメージは付いている。だから、極端な話、3部構成のうちの過去パートが必要なければなくてもいいし、現在進行形のドキュメントが面白ければ、頭から一本調子でもいい。そういったところは、もっともっと柔軟に考えていきたいと思います。

――最後に、番組に関わってきた中で、プロフェッショナルに共通するもの、視聴者を引き付けているものは何だと感じていますか?

番組で取り上げたプロフェッショナルは300人以上になりますが、僕が経験した中では、共通点は3つですね。1つは諦めない強い精神力。2つ目は桁違いの集中力。そして3つ目は、現状に甘んじることなく、さらに自分を乗り越えようという気概です。

誰もが天才ではなくて、下積みをして額に汗して、悩みながらいろいろなものをひねり出していく姿が、見る人の共感を呼んだり、「自分も頑張ろう」と思わせたりするのではないかと思います。

一時期、「頑張っている姿をあまり見せたくない」、「さらっとやるのがかっこいい」という風潮がありましたが、今はまた、「格好悪くても、いいんじゃないか」という世の中の気分のようなものを感じます。そういう意味でも、これからも皆さんに共感してもらえるようなものを作りたいなと思います。

最終更新:4/22(土) 13:27
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