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「150キロを投げた自分はもういない」。元西武・森慎二が語る大ケガ

4/23(日) 8:20配信

webスポルティーバ

シリーズ「もう一度投げたかった」──森慎二(後編)

 西武ライオンズからポスティング制度でメジャーリーグのタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)に加入した森慎二は、2006年の春季キャンプで右肩に違和感を覚えていた。そして、オープン戦初登板となった3月20日、マウンドに上がって3球目を投じたとき、「あっ、右腕がとれた!」と思うほどの激痛に見舞われる。

■「最もキャプテンに不向きな男」がライオンズの主将に…

 右肩の脱臼──。腕が地面にポロンと落ちてしまう......そう思って、とっさに左手で支えたほどの大ケガを負った森は、メジャーリーグという夢の舞台で、いきなり大きな試練に直面することになった。

* * *

■MLBで初めてだったピッチャーの肩脱臼

──メジャーリーグのオープン戦初登板での右肩脱臼。なぜそのような事態になってしまったのでしょうか。

「あとから自分で分析すると、原因は腰にあったような気がします。傷めていたわけではないのですが、一部が張って、硬くなっていました。腰が張ると、股関節の動きも悪くなります。その負担が肩にきたのではないかと。強いボールを投げようとすると、体に負荷がかかります。それが肩にきたのだろうと考えました」

──ドクターはどのくらいで治るという診断だったのでしょうか。

「全治1年です。MRIで内部の損傷を見て、手術なしでも大丈夫とのことだったので、そのままリハビリをすることになりました。あとから考えると、手術をしたほうがよかったのかもしれない。MLBではピッチャーの脱臼は初めてだったそうです。

 半年くらい経てば、遠投で70~80メートルは投げられるだろうと言われました。デビルレイズとは2年契約を結んでいたので、1年目にリハビリをすれば翌年投げられるはずでした。だから、来年にかけようと」

──メジャーのマウンドがすぐそこにあっただけに、無念だったでしょうね。その後はドクターの見立て通りに回復しましたか。

「時間はかかりました。でも、リハビリがつらいとか嫌だとかは思いませんでした。本当につらかったのは、キャッチボールを始める前くらいかな。ボールに触れるまでは、『どうしてこうなったのかな』という後悔ばかり。野球をやっていない時期は、どうしてもそう考えてしまいました。でも、少し投げられるようになってからは、少しずつ前向きになっていきました。

 3カ月後くらいに投げられるようになって、野球ができる喜びを感じました。投げるっていっても、ほんの5メートルくらいでしたが。それまでは日常生活にも支障があって、顔も洗えず、歯も磨くことができず、寝ているときにタオルケットを持ち上げようとしたら肩が抜けそうになるから、それも無理。全部を左手でやっていました。でも、投げられるようになってからが長かった......というか、最後まで自分が思うようには投げられなかった。

 アメリカでリハビリしているときは、110キロくらいのボールは投げられるようになりましたが、投げ方は初心者みたい。ピッチャーだと言えるようなフォームではありませんでした」

──森さんはその後、デビルレイズを解雇され、日本に戻ってリハビリを続けていました。2009年は独立リーグの石川ミリオンスターズで投手コーチ兼選手としてプレーすることになりました

「肩さえ治れば、またプレーできると思っていたから、治すことだけを考えました。いろいろな後悔は脇に置いて、『どうすれば投げられるようになるか』だけに集中しました。それは最後までずっと変わりませんでした。

 でも、途中まではうまくいくのですが『これ以上やったら抜ける』というところで、前に進めなくなる。どうしても『抜ける!』という感覚を拭い去ることができませんでした。バンザイの姿勢をしても、右手はまっすぐにはなりません。まっすぐに上がらない右手でボールを投げる体勢にもっていくのが大変で......強いボールを投げようとするとグッと胸を張らなければなりませんが、そのときに『また傷めるかも』と思ってしまう」

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