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5代将軍綱吉は元々どこの藩主だった?クイズ「この藩はどこ?」

4/23(日) 22:10配信

サライ.jp

今回の【挑戦!江戸クイズ】は、江戸ではなく地方に目を向けて見ましょう! 藩の特徴をもとに、どこの藩かを当てるクイズを「江戸文化歴史検定」(通称・江戸検)の過去問題から4問ピックアップしてみました。ぜひ挑戦してみてください!

【クイズ1】
北陸のある藩は、17世紀末、岡山藩医万代浄閑から処方を伝授された「反魂丹」の効きめがよかったことから、藩の事業として各地に行商をさせました。さて、それは何藩でしょう?

(い)加賀藩
(ろ)富山藩
(は)長岡藩
(に)福井藩

正解(ろ)
富山藩2代目藩主前田正甫の時代に始まる反魂丹を主薬に、富山売薬が行商により販路を広げはじめるのは元禄期(1688~1704)のこと。宝暦期(1751~64)には全国的販売網を形成、「越中富山の薬売り」として富山売薬の名を広めた。

【クイズ2】
天保11年(1840)に幕府が命じた「三方領知替」とは、長岡藩と川越藩ともうひとつ、どこの藩の大名を転封させようとしたものでしょう? 最終的にはこの藩の反対一揆もあってとりやめになりました。

(い)仙台藩
(ろ)庄内藩
(は)米沢藩
(に)浜松藩

正解(ろ)
三方領知替は江戸時代を通じて8回あったが、天保11年(1840)11月に発令された長岡藩・川越藩・庄内藩のものが有名。

【クイズ3】
諸国関所の多くは、その管理運営が近隣の藩に任されていました。では、東海道の要衝のひとつだった新居関所の運営は、江戸中期以降、何藩に委任されていたでしょう?

(い)小田原藩
(ろ)岡崎藩
(は)尾張藩
(に)吉田藩

正解(に)
吉田藩は主に三河国宝飯・八名・渥美を領有し、東海道吉田宿(現、豊橋市)を城下町とする藩である。徳川家発祥の国であるので、深溝松平家・水野家・小笠原家・久世家・牧野家・大河内松平家など、譜代の家が次々に入封した。

城下町・城付地と新居宿とは距離が離れているが、元禄15年(1702)閏8月、藩は新居関の管理の任務を幕府から受けている。

【クイズ4】
5代将軍綱吉は3代将軍家光の四男として生まれましたが、兄家綱に男子が生まれなかったため、ある藩の藩主から将軍になりました。その藩とはどこでしょう?

(い)甲府藩
(ろ)館林藩
(は)紀州藩
(に)尾張藩

正解(ろ)
徳川将軍家の家系図をみると、養子の将軍が多いことに気づかされる。子どもの死亡率が高いことなどで、実子による相続が難しくなるからである。養子相続は時には政権交代のような意味合いをもち、政争に絡むことが多かった。綱吉のときは老中堀田正俊が秘密裏に綱吉を江戸城に招き、相続を成し遂げている。

*  *  *

いかがでしたか? 今回は、江戸時代の“藩”というマニアックな問題ばかりでした。全問解けた方は1級合格も夢じゃないかもしれませんよ! ぜひ受験してみてくださいね。

※問題の出典:『第4回 江戸検問題公式解説集』『第3回江戸文化歴史検定(2008年度)江戸検出題問題公式解説集』

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

最終更新:4/23(日) 22:10
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