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日本初!? 猫と遊べ、授乳室もある人気中古タイヤ店の社長は元プロボクサー。どん底からの逆転人生とは…

4/23(日) 10:00配信

週プレNEWS

働き方や雇用のあり方が問われている今、人を大切にする、世界に誇りたい企業を紹介する連載「こんな会社で働きたい!」の第6回――。

【画像】アマ時代は王者になった実績もある元プロボクサーの斎藤社長の今

中古タイヤや中古アルミホイールの買い取り・販売業を営む「有限会社アップライジング」の宇都宮本店(栃木県)はユニークだ。

まず、タイヤが店頭に並んでいない。店頭で目立つのは毎朝、スタッフが自分たちの飼い猫を持ち寄って自由に遊ばせる「猫ルーム」だ。ここでは、猫に会いにくるだけの客も大歓迎。地域住民のために会議室を貸し出しているが、これもタダ。

タイヤやアルミホイールが売られているのは、その奥にあるショールームだ。だが、それらも実際売れている。なぜか? 正直だからだ。

ガソリンスタンドで「タイヤを換えなきゃ危ないですよ」と営業をかけられた人にも、ここでは正直に「まだ大丈夫です」と伝えるだけ。また、歪(ゆが)みやひび割れのあるアルミホイールは使い物にならないという「常識」もあって、ユーザーはつい新品を買わされるものだが、アップライジングでは日本に30台くらいしか稼働していないというアルミホイール修正機を完備し、それらも修復するし、特殊な溶接でひび割れも直す。

さらに、買い取る場合でも最低価格を公示する。タイヤやアルミホイールの買い取りには1時間程度かかるのが常だが、ここでは査定から現金受け取りまで、わずか5分で完了するドライブスルー方式を展開している。

雨が降っていれば、係員が即座に傘をもって車まで駆けつける。接客時の挨拶は元気がいい。来店客の中で女性が占める割合はわずかに5%だったが、それでも十分なスペースを確保したおしゃれな授乳室を設置した。その効果もあって、今では女性客の割合は40%まで増えている。

店外活動に目を向けても、毎日の小学校前での交通安全運動と挨拶運動、月に一度の駅前清掃、東北大震災の被災地支援等々…そして途上国支援。社会貢献のためなら必要な出費は惜しまない。結果として今、着実に業績を伸ばし、群馬県太田市にも店舗を増やしている。

だが意外にも、同社がもっとも大切にしているのは、客ではないという。もっとも大切にするのは社員で、その次が社員の家族。次いで取引先、取引先の家族、地域住民、そして最後に客がくる。

客以上に大切にされる社員――。はたして、そこにはリストラもなければ、79歳でも働き続けられる環境が整っている。斎藤幸一社長(41)が目指しているのは「社員ともども人間力を磨く会社」だ。一体、どんな会社なのか。





斎藤社長は元ボクサーだ。24歳で引退するまでトントン拍子の人生を歩んでいた。

中学校時代は生徒会長。高校と大学ではボクシング部の主将を務め、選手としても高校ライトウエルター級王者、全日本選手権大会で同級準優勝、アトランタとシドニーの両五輪で代表候補選手に抜擢といった輝かしい経歴をもつ。

だがプロボクサー転向後、試合に勝っても嬉しくなく、負けても悔しくない自分に気づき引退。その後、順風満帆の人生は一気に転落する。

引退後に選んだ仕事は、ボクシング時代に使った健康食品の販売だ。理由のひとつは「金持ちになりたい」。ところが事業開始後、ボクシング関係の友人や学友が離れていった。電話をしても出ない。本人は「僕に営業をかけられると思ったのでしょう。『斎藤の電話には出るな』との連絡も回っていたのかも」と振り返る。

以後、数年間、「負のエネルギー」と共に生きたと振り返る。なぜ電話に出ないのか、なぜ無視するのか…。そこで自分を支えたのは「見返してやる!」のハングリー精神だけ。今だからこそ、「あれだけネガティブな感情でやっていたらうまくいくはずがない」と判るが、実際、仕事はうまくいかなかった。

このネガティブな感情はやがて家族にも向けられる。それまで宝くじの1枚も買ったことのない父親が先物取引に手を出し、数千万円もの借金を作った。斎藤さんが21歳の時に亡くなった母の遺産で父が建てたキックボクシングジムも売却。

斎藤さんにすれば、母の形見がなくなっただけに、父に「お母さん泣いているよ!」と訴え、憎み、親子喧嘩の末、父は自宅を出て、温泉で住み込み働き始めたという。自身も業績不振から借金を背負い、自宅以外の不動産を売却したが、利子払いに追われ、仕事もうまくいかず借金は増えていく。

さらに、大学を中退して共に仕事をしていた弟まで仕事に見切りをつけてキャバクラのボーイに転職すると、「手のひらを返すのか!」との憎しみが彼にも向けられた。

仕事を始めてから結婚した妻、奈津美さんと幼い娘とで暮らしたのは4畳半が二間のアパート。借金も膨らみ、夫婦は月に60万円もの支払いを続けた。





斎藤さんは健康食品販売をやめ、日中は牛丼屋で働き、夜は憎んでいた弟に頼んでキャバクラのボーイを始め、奈津美さんも派遣で事務員を勤めた。当時、親子3人の使えるお金は1日500円。娘は今も「ひっくり返した段ボール箱をテーブル代わりにして食事をした」ことを覚えている。

食生活での唯一の楽しみは、パン屋での売れ残り品を5個300円で買うと、たまにその中に人気の焼きそばパンがあったこと。そんな時は夫婦が交代で食べるのがルールだったが、ある時、奈津美さんが食べる番だったのに斎藤さんがこっそり食べてしまい、それがばれた。「食べたね!」と咎(とが)めた彼女は号泣し、実家に帰ったそうだ。

数日後には戻るが、たかだがパン一個を巡って妻が号泣するまでに追い詰められた生活に、心から「この生活から抜け出す!」と誓った時、27歳になっていた。

その頃、温泉の住み込み仕事を終えた父が地元に戻り、リサイクルショップで一般家庭の粗大ゴミ回収を始めていた。斎藤さんが働く牛丼屋でたまに食事をし、親子には徐々に会話が戻っていた。父の稼ぎに触発され、同じ仕事を始めることに。2ヵ月半修行して独立すると、父に加えて、よりを戻した弟と「くずやの斎藤」を立ち上げ、毎日、一般家庭への飛び込み営業に明け暮れる。

そこで目をつけたのが、車のディーラーや修理業者などから定期的に出る鉄くずやアルミホイールだった。アルミニウムは1kgあたり140円、1トンなら14万円でスクラップ業者に買ってもらえた。さらに、より多く集めるため、逆転の発想に至る――。無料回収ではなく、こちらからお金を払って回収したのだ。

これがうまくいった。アルミホイールを続々入手し、きれいな品物をオークションに出品すると、奈津美さんも牛丼屋時代の同僚も雇えるほどに商売は軌道に乗った。

「ただ、困ったのが、タイヤを外に置けば盗まれるので実家で保管したことです。集まりすぎて、タイヤの山でテレビが見えず、冷蔵庫のドアも開かなくなると、父が怒ってしまって…」

こうして商品は倉庫を借りて保管することになるのだが、「だったら、これを機にきちんと会社にしよう」と06年4月、売り場面積50坪の有限会社アップライジングを設立。斎藤さんと弟、奈津美さん、牛丼屋の同僚4名でのスタートだった。

●続編⇒同業者から視察殺到! 社員の幸福度を最優先する人気中古タイヤ店の“売らない精神”とは?

(取材・文/樫田秀樹)

最終更新:5/8(月) 15:22
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