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「自分を押し通す」と「空気を読む」は矛盾しない

4/27(木) 8:10配信

ライフハッカー[日本版]

サイボウズ株式会社のオウンドメディア「サイボウズ式」のこちらの記事より転載いたします。


仕事をしていると「あいつはキャラ得だなぁ」と呼ばれる人がいる。傍目(はため)にはおよそ空気を読んでいるとは思えないのに、なぜか愛されているような存在。

今日はその正体を紐解いてみようと思う。

一般的に仕事のチームワークでは「自分を押し通すこと」と「空気を読むこと」の競合に悩む人たちがとても多い。下の立場の人は、自分を押し通すことが難しく、空気を読むことを求められる局面が多い。

それゆえに冒頭で挙げたような人が「羨ましい」と見られることが多いのだろう。が、断言すると「自分を押し通すこと」が「空気を読むこと」を排他したりはしない。逆もまた然り。まったくちがうレベルの話だからだ。

「空気を読む」ときに存在する、意味のない自主規制

まず「空気を読む」という曖昧な言葉の正体から語ってみよう。「空気を読む」とは「ドレスコードを守る」という側面が強い。たとえば冠婚葬祭に短パンで行ったら大人としての良識を疑われてしまうように、その場で守るべき「暗黙の了解」を前提に行動しているか? という話である。

「あいつは空気が読めない」というジャッジはその暗黙の了解を破っているケースである。この飲み会の主賓は送迎される者なのに、その人を主役にしようとしない。チームの立ち上げの会なのに、メンバー全員がまんべんなく楽しめるようにしない。合コンで下劣な下ネタに走る男。最後ので俺は、何度キレそうになったことか...。

厄介なことに「暗黙の了解」には社会人としての常識だけでなく、会社特有のカルチャーが加味されていたりする。大きくは企業風土であり、もっと小さくなれば部署の上司がつくる雰囲気だったりする。

そう、明確な基準が存在するものではなく、おまけに守る必要があるかも怪しい「なんとなく守っているグレーゾーン」というものがあるのだ。意味のない自主規制は空気を読む世界にも存在しているのだ。

同時に、これは会社員としての窮屈さに直結している。文言になっていない自縄自縛(じじょうじばく)が、自分を苦しめていく。「お客様とお会いするときは真夏にジャケットを着る」までは納得できても、自社のデスクでビシッとしたスーツ姿でいる必要はどこまであるだろうか? 

つまらないことで上司からの減点をなくしていこうとするほどに、「何もかも自主規制しなければいけない」罠にはまっていくことになる。だけど、ここまで読んだ人は、それが「自分を押し通すこと」とまったく関係がないことに気づくのじゃないだろうか?

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