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浅田真央の引退に鈴木明子が想う。「あのプログラムが好きでした」

webスポルティーバ 4/27(木) 12:01配信

鈴木明子が「浅田真央」を語る

 浅田真央さんはずっと「オリンピックの金メダルがほしいから平昌(ピョンチャン)まで現役を続ける」と言ってきました。彼女は、自分が口にしたことは絶対に成し遂げたい人。だから、本当に悩んだと思います。

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 今シーズンはうまくいかないことも多かったけど、そこで見えたものがあったのではないでしょうか。もしかしたらメダルとか結果ではない何か――自分がやり切ったという達成感、本人が自分の力でゴールを見つけたのではないでしょうか。もちろん、ここで終わりではなく、続きがあります。浅田真央選手から「選手」という肩書きは取れましたが、彼女には次の道が待っています。

 真央さんはこれだけ長い間、よくがんばったと思います。引退を止める権利は誰にもありません。休養から競技に戻ってきたときには、「強いな」と思いました。茨(いばら)の道であることがわかっていながら競技の世界に戻ってくるくらい、戦うことが好きなんだなと。

 今までいろいろな人の期待に応えてきました。喜びも、苦しみも、みんなで共有したアスリートでした。だから、最後は自分で決めてほしいと思っていました。現役を続けることも、やめることも、どちらも勇気と覚悟がいります。自分で考えて踏み出せたこと、そして、「スケート人生に悔いはない」と言ってくれたことがうれしかった。

「もう限界」というところまで行けたのは、休養からもう一度、競技に戻ってきたから。そうでなければ、わからなかったはずです。ソチオリンピックのあとに引退して、「まだやればよかった」と思うより、実際にやってみていろいろなことを経験したことに大きな意味がある。

 私は、戻ってきてからのプログラムがすごく好きでした。無駄な力が抜けていて、ジャンプにもスケーティングにも無理がない。無駄を省いて最高の力を出すことができるようになりました。休養中に彼女が何を見て、何を考えたのかはわかりませんが、スケート以外の経験が演技に出ていたと思います。

 いつもトリプルアクセルが注目されましたが、彼女のステップは今の10代の選手では踏めないもの。絶妙な間の取り方、身体の動き、スタイルのよさ、天性の明るさ、表情は彼女にしかないものでした。誰にも真似ができません。

 2010年バンクーバーオリンピックで銀メダルを獲って、2014年ソチオリンピックで6位に終わったというところだけ見ると、成績が落ちたと思うかもしれませんが、そうではありません。最後まで登り詰めて競技を終えたのだと、私は考えています。どれだけ騒がれても、おごらずに、自分のやるべきことを考え、真剣に取り組んできました。

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最終更新:4/27(木) 12:01

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