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伝統工芸と現代フィリピン、2つの世界をつなぐ主人公

4/27(木) 11:30配信

Book Bang

 房総半島に工房を構える染色作家のレイ(R)・市東(S)・ヴィラセニョールはフィリピン人の父と日本人の母との間に生まれ、エキゾチックな容貌を持つ。二つの文化的背景を持つ彼女は、この日本社会ではあらかじめ生きづらさを背負わされているが、彼女にはそれをマイナスばかりと思わないしなやかな強さがある。

 えがたい個性である色彩感覚やモチーフのとらえ方は、伝統工芸の世界では違和とも受け止められるが、「いつか日本人が驚くような日本を染めてみせる」と願っている。そんな彼女の周りには、美大時代の先輩で、「現代琳派」をうたう根津や、メキシコと日本の混血である染色家のロベルトがいて、彼女を刺激したり支えたりする。

 草木染めをするロベルトの力を借りて、レイは、スカイラインやジグソーパズルといった現代的な意匠を、自然の色で羽尺(はじゃく)(羽織生地)に染めていく。伝統を継承しつつ破壊して新しい地平を切りひらき、次第に認められていくレイに比べ、琳派に私淑する根津は、創作の隘路に落ち込んでしまう。

 時代小説から現代小説にフィールドを移し、一作一作、新しい境地をひらく著者の作家としての足跡が、レイの気概に重なる。染色というこまやかな手仕事の世界を自家薬籠中の物として描くだけでなく、さらにその先に、マルコス政権下のフィリピンが抱えた暗黒の政治状況を克明に描き出してみせた。

 日本に出稼ぎに来て、ダンサーから始めて英語教室を経営するようになった父・リオは、病身を押して故郷に帰ろうとする。日本の暮らしの中では、母の「守るべき子供」のように見えていた父の、娘の目から見ても不可解なその行動の裏には、家族の悲劇、復讐譚が秘められており、レイは次第に家族の歴史を理解するようになる。伝統工芸と現代フィリピン、肌合いの異なる世界が、レイをつなぎ目にピタリと接続され、互いを照らし合う。

[レビュアー]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

新潮社 週刊新潮 2017年4月27日号 掲載

新潮社

最終更新:4/27(木) 11:30
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