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今どきの若者事情、その「慎ましい」言葉がアダになる

4/28(金) 13:46配信

オトナンサー

 外国人の留学生と話をしていて、必ず話題に出るのが「日本語は敬語の使い方が難しい」という悩みです。確かにストレートな表現よりは、婉曲(えんきょく)表現を良しとするのが日本語環境。その中でも、尊敬語・謙譲語・丁寧語、そして女性の使用例が目立つ美化語(「お」や「ご」を言葉の頭に付ける)などの敬語を婉曲表現として、TPOに合わせて使い分けるのは、日本人でも難易度が高いでしょう。

ループし続ける「言葉の乱れ」という苦言

 もっとも、言葉、特に口語は時代や社会状況によって常に変化するのが自然な流れです。いつの間にか「誤用(間違った意味や敬語表現など)」が定着して、本来の使い方が淘汰(とうた)されていくこともあります。

 たとえば「ご遠慮ください」。これは「禁止」の意味で一般化しています。しかし、語源的に「遠慮」は「自主的に差し控える」という意味。それを「ください」と第三者からお願いされたり、強要されたりするのは「誤用」です。

 でも、本来の意味などほとんどの日本人は知りません。「ご遠慮ください」=「禁止」のコンセンサスが確立して、生活上で不自由を感じないのですから、「誤用でけしからん」と目くじらを立てても仕方のないことです。

 新聞の投書欄によく、「若者の言葉が乱れている」(75歳・元教員)なんて老人の苦言が載ったりします。ご親切はありがたいのですが、「言葉の乱れ」をとやかく言うのは、自分たちが使っていた時代の言葉の意味が変化しているのに順応できないだけです。

 つまり、絶えず流動化している言葉の「正否」をアーダコーダ言っても仕方ないわけです。特別、若者言葉の乱れが顕著なのではありません。苦言の投書をした老人だって、そのまた老人世代からは「言葉が乱れておる」と苦虫をかまれていたはず。結局、終わりなきループということです。

 ただし、「損得」の視点に立つとちょっとややこしくなります。今回は別れ際の常套句である「機会がありましたら」を例に考えてみましょう。

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最終更新:4/28(金) 21:06
オトナンサー

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