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籠池泰典氏は首相周辺の空気をうまく利用した「魔術師」か

4/30(日) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 数年前、場の雰囲気に合わせないことを「KY(空気が読めない)」などと避難する意味をこめた言葉が流布した。そしていま再び、「忖度」という似たような言葉が脚光を浴びている。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、「空気」をうまく利用する人たちについて考えた。

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「忖度」という言葉が、一躍脚光を浴びている。発信源はもちろん、国有地格安払い下げ問題で証人喚問された森友学園の籠池泰典理事長(当時)の発言だ。

 小学校の建設のための用地として、9億5600万円の土地を、1億3400万円という破格の額で購入した。その際、安倍首相の口利きがあったかどうかを問われた籠池氏は、「忖度をしたということでしょう」と答えた。

 忖度とは、「他人の心を推し量ること」という意味だ。それ自体は悪いことではない。むしろ、相手の身になって考える風潮は、日本の「おもてなし文化」などを発展させてきた。

 でも、忖度も、行き過ぎると害になる。そのことは、1977年に出た山本七平の『「空気」の研究』に詳しい。山本七平は、人の意思決定に、得体の知れない「空気」というものがかかわっていると指摘している。

「結論を採用する場合も、それは論理的結果としてではなく、『空気』に適合しているからである。採否は『空気』がきめる」

 圧倒的に力の差があるのを理解しながら、アメリカと開戦してしまったのも「空気」だ。その結果、負け続け、艦隊や戦闘機を失い、裸になった戦艦大和を、敵機動部隊が跳梁する外海に突入させていく。それが、作戦としては考えられないと認識しながらも、「空気」に逆らえなかったというエリートたち。「空気」というあいまいなものに支配され、判断や結果に対しては、だれも責任を取らない。

 ぼくたちは、いまだその「空気」に支配され続けている。見えない同調圧力のなかで、みんなが小さく縮こまってしまうことに危機感をもったぼくは、2010年『空気は読まない』(集英社)を書いた。当時、「空気が読めない人」は「KY」などと呼ばれ、のけものにされる風潮が目立った。最近は、目立つ発言をした人たちが、「不謹慎狩り」の総攻撃のやり玉にされている。やっていることは、相変わらずだ。

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