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佐藤優が 『終点のあの子』で学んだ 学生たちの人づきあい

4/30(日) 10:30配信

Book Bang

 評者は現在、複数の大学で教鞭をとっている。そこで気づいたのは、学生たちが、お互いの距離の取り方について、過剰なほどに神経質になっていることだ。このあたりの事情を理解するのに柚木麻子氏の『終点のあの子』がとても参考になる。この小説では、中高一貫制の女子高で、いじめる側、いじめられる側の生徒の内的世界が見事に描き出されている。特に、高校からこの学校に入り、著名な写真家の娘で奔放な生活をしているが、実は傷つきやすい朱里の物語が興味深い。朱里は希望通り美大に進むが芽が出ない。そして、親友と思っていた杉ちゃんが東京に残らず、広島の故郷に帰るということになり激怒する。当初、朱里を宥めようとしていた杉ちゃんも最後に堪忍袋の緒が切れる。
〈とうとう杉ちゃんが爆発したのは、広島駅改札を抜け、ホームに着いたときだ。
四本のホームがゆとりを持って並び、屋根の梁(はり)で鳩がぐるぐると鳴いている。のんびりした印象の広々とした駅だった。
「いい加減にせんか」
 杉ちゃんの大声に、ホームで電車を待つ数人が振り返る。頭上の鳩がぱっと飛び去った。朱里は驚いて口をつぐむ。
 アナウンスが響き、呉とは逆方向の山陽本線がやってきた。クリーム地に青いライン。小田急線によく似ている。動揺しながらも、ふとそんなことを思う。杉ちゃんは、血走った目でこちらをにらんでいた。

「あんたが高校の頃、苛められたんようわかる。あんたは結局いっつも人のこと見下しとるんよ。見下さずにはおれんのよお」
 周りを気にして、朱里はうつむいた。杉ちゃんはこちらの腕を強くつかんだ。〉
 自己意識を他人を見下すことでしか確認できない学生が男女を問わずに増えている。偏差値の高い学校の学生のほうがその傾向が強い。しかもそのような醜い自分の心理を隠す知恵がついているからやっかいだ。大学の入学偏差値は、あくまでもその時点での学力を示すものに過ぎない。そんな数字にとらわれずに、きちんと大学で4年間勉強すれば、どの大学に在学していても同じ程度の学力がつく。勉強は積み重ね方式なので、自分の弱点がどこにあるかを正確に把握し、そこを補強しなくては成果があがらない。しかし、高校レベルの学力に欠損があることを認めたがらない大学生が多い。プライドが邪魔をしているのだ。社会に出てから虚勢は通じないということを学生たちに認識させるのは至難の業である。
 こういうプライドが高すぎる学生には、なかなか友だちができない。友だちができても、相手を自分のペースに巻き込もうとストーカー化するので、長続きしない。他者の固有性を認めるという人間としての基本をどうすれば学生に皮膚感覚で理解させることが出来るか、種々の方策を試みているが、なかなか解が見つからない。それでも評者は「あなたの隣人をあなた自身と同じように愛しなさい」というイエス・キリストの言葉を学生たちに理解させようと全力を尽くしている。

[レビュアー]佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
1960(昭和35)年生れ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館などを経て、1995(平成7)年から外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。同年『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞を受賞した。主な著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『日米開戦の真実―大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く』『獄中記』『国家の謀略』『インテリジェンス人間論』『交渉術』『功利主義者の読書術』『外務省に告ぐ』『紳士協定―私のイギリス物語』『いま生きる「資本論」』などがある。

太田出版 ケトル vol.34 掲載

太田出版

最終更新:4/30(日) 10:30
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