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速水健朗は 売野雅勇の『砂の果実』を読んで 語られるべき80年代を再認識する

5/3(水) 10:30配信

Book Bang

 新宿のラブホテルを舞台とした連続殺人が世間を賑わしていたのは1981年のことである。被害者女性たちは喫茶店やゲームセンターなどで男と出会い、ラブホテルで殺された。3人目の被害者は17歳だった。手がかりは多かったが犯人は捕まらなかった。
 翌年「いわゆる普通の17歳だわ」と歌った「少女A」は、中森明菜のセカンドシングルにして最初の大ヒット曲だ。都市に浮遊する性。当時「不良少女」「ツッパリ」とレッテルを貼られていた少女たちは、これを聞いて自分のことだと認識したという。
「少女A」の作詞家である売野雅勇が刊行した『砂の果実80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』には、明菜が同曲のレコーディングを嫌がったというエピソードが書かれている。
 デビュー曲「スローモーション」は来生姉弟の作。夏の海岸でシェパードを散歩させる男と恋に落ちる。葉山辺りを舞台にした日活青春映画のような中産階級ロマンス。だがこの路線は明菜に合わなかった。明菜にとって憧れの存在が聖子である。「南の島」「高原」「ペンション」という聖子のリゾート路線を見てきた明菜が「少女A」を歌わされることにためらいがあったのも仕方がない。だが、これを歌うことで自分の基軸を見つけた。「女」「性」「都市」である。リゾートの聖子と都市の明菜。この両者が80年代ポップスを構成する2本の大黒柱となったのである。

 さて本題は明菜ではなく作詞家売野雅勇である。「少女A」が彼にとっての転機となり、チェッカーズの「涙のリクエスト」とヒットが続き、彼は80年代を代表する作詞家となる。郷ひろみ「2億4千万の瞳」、稲垣潤一「夏のクラクション」、河合奈保子「エスカレーション」、荻野目洋子「六本木純情派」などヒット曲を挙げると切りがない。売野の世界とは都市である。
聖子と言えば、実質のプロデューサーは途中からだが松本隆が担った。大瀧詠一、細野晴臣といったはっぴぃえんど及び、その周辺の人脈が制作陣に含まれていた。
 その逆の陣営に売野がいた。売野の明菜提供曲は多くはない。だが「禁区」「十戒」などの明菜が初期アイドルから次の段階へと脱皮していった楽曲を売野が手がけている。
 今の時代に松本隆が評価されるのはわかる。いわゆる「はっぴぃえんど」史観ってやつだ。これに隠れ過小評価されてきた作詞家の最右翼が売野雅勇だろう。
 彼は、2016年がデビュー35周年。既出の『砂の果実80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』は、コピーライター出身の売野が80年代という広告全盛の時代にどう作詞の仕事に足場を移していったかが綴られる。おなじみのヒット曲たちの誕生の経緯にまつわるエピソード群も読ませるが、湯川れい子、井上大輔、筒美京平らとのエピソードなど、80年代の音楽状況全体が俯瞰されている部分が秀逸である。実は、はっぴぃえんど周辺との接触も多かった。
 80年代を振り返る基軸として「リゾート対都市」という構図があってだな、という話の詳細はまたいつか書く。

[レビュアー]速水健朗(コラムニスト)

太田出版 ケトル vol.34 掲載

太田出版

最終更新:6/2(金) 17:21
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