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現役公認会計士とMENSA会員!24歳の超インテリコンビは、なぜ芸人の道を選んだのか?

5/4(木) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 ブルゾンちえみ、平野ノラ、バットナイス常田など、若手芸人のブレイクが続いているワタナベエンターテインメントから今年、超インテリ若手コンビがデビューした。コンビ名は「Gパンパンダ」。

 ボケ担当の星野光樹(24)は、20歳にして超難関国家資格の1つである公認会計士に合格。ツッコミ担当の一平(24)は元リクルート社員で、高IQ団体「MENSA」会員という経歴を持つ。目覚ましい経歴を持ちながら芸人の道を選び、スタートを切ったばかりの2人にいち早く迫った。

――まずは2人の出会いから聞かせてください。

一平:出会いは中学2年生ですね。僕たち中学、高校、大学とずっと一緒の同級生なんですよ。新学期のホームルームって、みんなの前で1人ずつ自己紹介をするじゃないですか。そこで星野が「僕はお笑い芸人になりたいんで! みんな、よろしくぅ!」っておどけていて。正直、第一印象は「うわ、すごい嫌いなタイプ」って(笑)。だけど、僕も目立ちたがり屋だし、お調子者なので、好きになった女の子がお笑い好きだと知って、すぐに星野に声をかけたんです。

――では、初舞台は中学生時代?

星野:そうですね。まずは文化祭でネタをやりました。そしたらめちゃくちゃウケたんですよ。

一平:すぐに調子に乗って「プロで通用するんじゃないか」と思ってました。

星野:そこで、次に出たのが『エンタの神様』(日テレ)のオーディションライブでした。

――中学生にしてネタ番組のオーディションに挑戦するとは、相当自信があったのですね。結果は?

一平:なんと、プロの芸人さんたちの中で優勝してしまったんですよ!

星野:そんなの、絶対にテレビに出られると思うじゃないですか。それが翌週、『エンタの神様』のまさかの放送終了が決まって……。

――少年たちの夢は儚く散ったというわけですね。ちなみにそこではどんなネタを?

一平:「ピサの斜塔を支える人」っていうコントでした。今はポップなコントネタや漫才をやっていますが、今思い返すと、当時はシュールなネタが多かったかもしれません。

星野:オーディションの順位はお客さんの投票で決まるのですが、お揃いのタンクトップを着た子供みたいな中学生が、全力でシュールなコントをしているという設定だけで、ウケていたのかもしれません。

一平:高校時代は『ハイスクールマンザイ』という、『M-1グランプリ』(テレ朝系列)の高校生版みたいな漫才の全国大会に出場したり、文化祭で単独ライブを開催していました。『ハイスクールマンザイ』では、地区予選止まりで結果は奮いませんでしたが、単独ライブは大成功。会場にした3階の音楽室から1階のエントランスまで行列ができて、先生から「どうにかして!」って言われるくらいでした。

星野:一平はこの頃、完全に調子に乗っていましたね。僕は「ネタ作ってるの、ほとんど僕なのに……」って密かに思ってましたけど(笑)。

――大学は2人とも早稲田大学商学部ということですが。

星野:僕は中学の頃からお笑い芸人になると決めていたので、大学に行かずに、すぐにでもお笑いをやりたいという気持ちが大きかったんです。ところが、両親から猛反対を受けまして。「芸人になりたいなら、医者・弁護士・公認会計士のどれかの資格を取ってからじゃないと許さない」と言われたんです。医者や弁護士は医学部やロースクールに通わなきゃいけない。そこで、誰でも受けられる公認会計士を目指すことにしました。

一平:星野は誰が見ても東大にやすやすと受かるような頭の良さだったんですけど、少しでも早く公認会計士の勉強に取り掛かるために、高校の推薦枠で入れる早稲田を選んだんです。大学が始まってもほとんど授業に出ず、会計予備校に通いつめていたよね。

星野:サボりたくて出なかったわけじゃないよ! 公認会計士って、本当にそのくらい勉強しなければ受からないんですよ。だから「チャラチャラした大学生と一緒にして欲しくない!」って思ってましたね。勉強のストレスで逆流性食道炎になって、医者から「このままだと癌になる」ってドクターストップがかかったり……。でも、なんとか大学2年生、20歳のときに合格しました。

――それはすごい! その頃、一平さんは何を?

一平:僕はお笑いサークルで、サークルの改革に取り組んでいました。ライブの観客投票の順位で演者をランク分けして、ランクが高い人ほど、出演できるライブを多くするシステムを作ったり……。

星野:けど、このシステムは部員からかなり不評でしたね。僕も一緒にお笑いサークルに入っていましたけど、シビアすぎたんです(笑)。

一平:部員の士気を高められればと思ったんですけどね。星野が公認会計士試験に受かってからは、月1でサークルのライブに出たり、お笑いライブ制作会社のライブに出たりと精力的に活動していました。

――そして、卒業後の進路は?

一平:僕はプロのお笑い芸人を目指す気はなかったので、就職の道を選びました。お笑い界が抱えている問題を改善したくてリクルートという会社に入りました。売れない芸人さんがバイト漬けになったりするのはすごくもったいないと思っていて、彼らのクリエイティブな能力を活かせる仕事ができたらいいのに、と。社内外問わず起業ができるこの会社でなら、そういった事業を立ち上げたりできそうだと思ったんです。

――芸人の道を選ばなかったとはいえ、お笑いへの愛をひしひしと感じますね。一方、星野さんは?

星野:国家試験には受かったものの、公認会計士を名乗るには3年の研修と、2年の実務を積んだ後、最終試験を受けなくてはならないんですよね。さらに、継続させるには、監査法人などで正職員として働くか、独立して個人事務所を立ち上げなくてはいけない。あくまでも本業は芸人なので、僕は後者を選びました。今は「星野光樹公認会計士事務所」を設立し、業務受託という形で会計士のお仕事をいただいています。まさかお笑い芸人と公認会計士の兼業することになるとは夢にも思いませんでした(笑)。

――一度は別々の道に進んだ2人ですが、昨年再始動されました。

一平:2015年にM-1グランプリが復活して、あの出囃子を聞いた瞬間、「俺はこの場にいなくていいのか!?」って咄嗟に思ったんです。それに、あのまま会社員としてめちゃくちゃ頑張って出世したとしても社長じゃないですか。そのとき20代前半に戻れるとしたら、迷わず芸人を選ぶだろうと思ったんです。それでリクルートを11か月で退職し、芸人としてゼロからスタートしました。

星野:一平から「もう一度、一緒にやらないか」と誘われたとき、僕はもう他の人と組むことが決まっていたんです。その彼には申し訳なかったけど、10年以上一緒にやってきた一平ともう一度やってみることにしたんです。

<取材・文/鴨居理子>

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