ここから本文です

平川克美は 『人間晩年図巻』の題材となった人々の死から 歴史が持つ「偶然の必然的断面」を見る

5/4(木) 10:30配信

Book Bang

 自分にとって今年一番の収穫は、関川夏央の『人間晩年図巻』である。私のように還暦を過ぎて何年も経たものにとっては、死はもはや他人ごとではない。しかも、ここに取り上げられているのは、1990年以降に逝った人々で、その記憶はまだまだ生々しい。
 それにしても、人間とはまことに死すべき生き物である。しかも、次から次へ「昼夜を舎やめず」。この当たり前の真理が、リアリティをもって受け入れられるためには、ひとは馬齢を重ねなければならない。誰にとっても、青年期、壮年期における「死」は観念でしかないのである。
『人間晩年図巻』とは、もちろん山田風太郎の『人間臨終図巻』の衣鉢を継ぐシリーズであり、多くの読者は風太郎のものと引き比べて本書を評価しようとするかもしれない。風太郎の『臨終図巻』は、二十歳で死んだ夭折の天才、四十歳で死んだ稀代の悪党、六十歳で死んだ政治家など、古今東西の歴史に残る有名人の死に様が描かれた、文字通りの図巻だが、こっちの本は、年齢別ではなく、年代毎に人生を退場していった人々の数奇な人生と、その晩年の肖像が描かれている。一体どうやって調べたのだろうかと思われるような、日常の子細な断面が切り取られており、読む者をぐいぐいと引き込んで飽かさない。

 圧巻は山村新次郎のくだり。赤軍派によるよど号乗っ取り事件に、居合わせた人々のその後の人生を追う。当時、人質の身代わりになって喝采を浴びた「おとこ山村新次郎」は、なんとその後、次女に殺害されてしまう。次女も自殺という不幸の連鎖の端緒には何があったのか。よど号機長だった石田真二も、現代ならさしずめハドソン川に不時着したトム・ハンクスといったところで、当初は名機長と喝采を浴びたが、不倫関係をすっぱ抜かれて、機長を辞めざるを得なくなった。漬物屋へ転身したが、飛行機は操縦できても車の運転免許を持っていなかったので苦労した。主犯格の田宮高麿は、北朝鮮当局の発表では、心筋梗塞で死亡とのことだが、処刑された疑いもあるという。この飛行機には、もうひとり、有名人が乗り合わせていた。聖路加病院の日野原重明。日野原だけは、100歳を超えて現在なお、存命である。
 山本権兵衛の孫娘で、絶世の美女であった山本満喜子の数奇な人生も印象に残る。鹿鳴館時代の絢爛たる人間模様が風太郎風味で展開する。
 本書においては、関川夏央の人選にこそ、意味があるのかもしれない。選ばれた人々の逸話は、また別筋へと展開し、物語は、意外な変転を垣間見せることになる。
 たとえば、グレタ・ガルボを語って、「グレタ・ガルボに似た女性コンテスト」に優勝した長谷川康子に繋がり、そこから当然のように中原中也、小林秀雄へと話が転がっていく。
 類は友を呼ぶというよりは、ほとんど無関係な方向へ点々と転がるラグビーボールのようだが、無頼派は無頼の人生を送り、破滅型は

[レビュアー]平川克美(実業家/文筆家/ラジオ・パーソナリティ)
翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーション、株式会社リナックスカフェ、株式会社ラジオカフェの代表取締役を務める。著書に『小商いのすすめ』(ミシマ社)など。

太田出版 ケトル vol.34 掲載

太田出版

最終更新:5/4(木) 10:30
Book Bang

記事提供社からのご案内(外部サイト)