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日銀債務超過論の不毛 - 野口旭 ケイザイを読み解く

5/8(月) 14:30配信

ニューズウィーク日本版

<日銀の異次元緩和政策の出口局面に関する定番的批判に、「日銀債務超過論」がある。自民党の行政改革推進本部の「提言」も同様だ。これは結果としてデフレ脱却に向けた政府および日銀のこれまでの努力や成果をないがしろにするものだ>

日銀の異次元金融緩和政策に対しては、それはその出口で大きな金融上の混乱を引き起こすという定番の批判が存在する。筆者は本コラム「異次元緩和からの「出口」をどう想定すべきか」(2017年4月10日付)において、そのような批判は基本的に的外れであることを論じた。現在行われている異次元緩和政策の出口は、長期金利操作を通じてスムーズに行われることが予想されることから、金融市場の混乱がもたらされる可能性はきわめて少ないのである。

ところで、この出口に絡んだ異次元金融緩和政策へ定番的批判の系論の一つに、「日銀債務超過論」というものが存在する。それは、出口局面における日銀の財務に焦点を当てた議論である。

日銀は通常の状況では、保有資産の利子などから収益(剰余金)を得ており、それを法定準備金、配当金、国庫納付金などに充当している。しかし、異次元緩和の出口局面では、国債等の保有資産のキャピタル・ロスや、負債である日銀当座預金に対する付利(利子支払い)の増加などから、この剰余金の減少が予想される。日銀債務超過論は、この状況を問題視し、「異次元緩和の出口局面において、日銀の剰余金はマイナスとなり、そのバランスシートは債務超過に陥り、円の信認が毀損される」といった主張を展開する。

こうした日銀債務超過論の典型的な一つは、自由民主党の行政改革推進本部(河野太郎本部長、木原誠二事務局長)が4月19日に公表した「日本の金融政策についての論考」である。この「提言」は、冒頭では異次元金融緩和政策への一定の評価が示されており、単なる野党的な批判とは一線を画すかのような体裁を取っている。しかしその内実は、「出口における日銀財務リスク」を過大視した典型的な日銀債務超過論である。実際、河野太郎行革推進本部長によるブルームバーグでの4月28日付インタビュー「自民・河野氏:日銀は異次元緩和の出口を語れ、長期化するほど困難に」では、より直裁に異次元金融緩和政策への本音的な批判が語られている。

もちろん、専門家が出口問題をさまざまな立場から論じることは重要である。しかしながら、日銀債務超過論はこれまで、異次元緩和政策を批判し続けてきた一部の論者や、どちらかといえば景気後退局面で利益を得てきた債券業界の関係者がもっぱら喧伝してきた主張である。政策への影響度が格段に強い政権与党の側が、一定の利害を背負ったそのようなきわめて筋の悪い立論に基づいて、現状の政策の早期停止を求めるような「提言」をするとなれば、その見識を問われることになるのは当然である。それは少なくとも、一方の見解に肩入れすることで、結果としてデフレ脱却に向けた政府および日銀のこれまでの努力や成果をないがしろにするものである。

出口よりもまずは完全雇用とインフレ目標の達成

日銀はこれまで、出口において想定される日銀の財務状況について、内部的なシミュレーションを行ってはいるが、現状ではそれを公表するような段階には至っていないと、再三再四述べてきた。たとえば、岩田規久男副総裁は、4月25日の参院財政金融委員会で、藤巻健史委員(維新)の質問に答えて、金融緩和政策からの出口戦略について「いくつかのシミュレーションはしている」と明言しつつ、目標とする物価2%に距離がある現状では「(出口戦略を)公表するとかえって市場の混乱を招くため、今は控えている」と述べた。また黒田東彦総裁は、4月27日の記者会見で、上の行政改革推進本部提言を意識しつつも、「具体的なイメージを持って話すのは時期尚早」と述べた。



日銀がこのように、内部的に行われている出口分析の公表を現状で控えているのは、当然のことである。というのは、現状で重要なのは、まずは一刻も早く完全雇用を達成して目標インフレ率に到達することだからである。行政改革推進本部提言は「出口戦略の要諦は市場とのスムーズな対話」にあるとして、出口分析の開示を日銀に求めている。しかし、現状で必要なのは、出口がどうなるかではなく、「今のところ出口はあり得ない」ことを市場に知らしめることなのである。

確かに日本経済は、失業率の低下や雇用状況の改善等に見られるように、1990年代から20年以上続いたデフレ期以前の、マクロ経済的に正常な状態に戻りつつある。つまり、着実に出口に近づきつつあるとはいえる。とはいえ、賃金や物価の上昇は未だ不十分である。おそらく、2%というインフレ目標に到達するのには、最も早くてもあと2年はかかるであろう。その間に予想できなかったマイナスのショックが生じた場合には、目標達成はさらに遅くなる。また、それ自体は悪いことではないが、完全雇用失業率が事前の想定よりも大幅に低く、完全失業率が2%近くになってもまだ2%インフレ目標に到達しない可能性もある。

そのような状況で、日銀が何らかの出口シミュレーションを公表して、金融引き締めを市場に織り込ませるようなことをするのは、目標達成をわざわざ自ら妨害するようなものである。そして、その日銀に出口分析を開示せよと要求するというのは、日銀の足を引っぱることを目的とした、単なる嫌がらせにすぎない。

「付利引き上げ」は行われるとしても相当に先

確かに、異次元緩和政策の出口の段階で、日銀剰余金の減少が生じる可能性は高い。しかし、行政改革推進本部提言が示唆するように、その出口が「円の信認を維持する措置を講じざるを得ない」といった状況を招くことは、まったく考えられない。というのは、「通貨の信認」とは要するに通貨価値が維持できているということであるが、そのために重要なのは、中央銀行が通貨供給を適切に管理することであり、それ以上でも以下でもないからである。中央銀行の損益や自己資本どうであろうとも、中央銀行が通貨供給を適切に管理できなければ通貨価値は維持できないし、その逆も真である。そして、中央銀行の通貨供給調節において、その損益や資本状況が制約になることはない。

そもそも、日銀が債務超過に陥る可能性はきわめて低い。また、仮に日銀の債務超過が生じたとしても、それは過渡的なものにすぎない。つまり、日銀債務超過論とは、部分的に生じる事象を極端に解釈した批判のための批判であり、福澤諭吉のいう「極端主義」そのものなのである。

行政改革推進本部提言は、出口において日銀の財務状況が悪化する主な原因として、「日銀当座預金に対する付利引き上げによる利子支払いの増加」と「日銀が保有する国債等の資産の減損」の二つを挙げている。この二つの要因のうち、かつて重視されていたのは後者であった。しかし近年では、米FRBが「付利引き上げによる出口戦略」を選択したことによって、前者が強調されることが多い。そこでここでは、とりあえずこの前者すなわち「付利引き上げ」問題を考察することにしよう。

筆者が上記の4月10日付コラムで論じたように、量的緩和政策からの出口のこれまでの実例には、福井俊彦総裁時代の日銀による2006年のそれと、2015年12月の政策金利引き上げによって開始された、米FRBによる現在進行中のそれがある。この二つの出口の最も大きな相違は、福井日銀がそのバランスシートをごく短期間に一気呵成に圧縮することで政策金利引き上げを実現させたのに対して、米FRBは量的緩和によって拡大したバランスシートをおおむね維持しながら利上げを行ったところにある。



米FRBがそのために用いた手段が、「金融機関が中央銀行に対して持つ準備預金の超過部分に対する付利の引き上げ」であった。金融機関が短期金融市場で借り入れを行う場合、必ず中央銀行預金への付利以上の金利を支払わなければならないので、中央銀行がベースマネーを吸収してバランスシートを圧縮しない場合でも、付利を引き上げることによって政策金利である短期市場金利を引き上げることが可能となる。

現在の異次元金融緩和政策からの出口も、福井日銀のようなバランスシートの即時圧縮によるのではなく、FRBが現在行っているような「バランスシートを維持しながら」のものになる可能性は高い。しかし、仮に日銀が付利の引き上げをある時点で行うにしても、それは相当に先のことになるはずである。

4月10日付の拙コラムで論じたように、日銀が将来的に行う異次元緩和政策からの出口は、かつての福井日銀のやり方も、また現在のFRBのそれも、そのままの形で踏襲されることはおそらくない。というのは、市場関係者やメディアなどが予想しているように、その出口の第一歩は、現在のイールドカーブ・コントロール政策の枠組みを維持しつつ、「長期金利目標の引き上げ」という形で行われる可能性が強いからである。付利の引き上げが行われるとすれば、それは「インフレの加速を抑制するには長期金利のみではなく短期市場金利の引き上げも必要となる」という状況においてである。しかし、そのような状況が訪れるのは、おそらく出口を開始してからさらに数年経った後になる。

まず想起すべきは、現在の日銀は、インフレ率が2%を一時的に上回ってもすぐに金融緩和をやめるのではなく、それが安定的に2%を超えるまでベースマネーの拡大を継続するというオーバーシュート型コミットメントを行っているという点である。これは、インフレ率が仮に2%に到達したとしても、本格的な出口が実行されるのはその先になるということを意味する。それまでに、長期金利目標が徐々に引き上げられる結果として、ベースマネーの増加が抑制される可能性はある。しかし、「ベースマネーの吸収によるバランスシートの圧縮」という意味でのテーパリングが実行されるのは、あくまでもインフレ率が安定的に2%を超えたのちのことである。その前の段階で付利の引き上げが行われる可能性はほとんどない。

そもそも、日銀当座預金の一部には、現在は付利ではなくマイナス金利が適用されている。したがって、付利の引き上げの前には、まずはマイナス金利の廃止が実行される必要がある。そして、それが可能になるためには、現在はゼロ%とされている長期金利目標が引き上げられる必要がある。というのは、昨年9月にイールドカーブ・コントロール政策が導入されたのは、イールドカーブをスティープ化させることで短期金利と長期金利の差を確保し、金融機関の収益機会を保全することにあったからである。

つまり、付利の引き上げが実行されるのは、長期金利目標が引き上げられ、さらにはマイナス金利が廃止されたのちのことである。現在はまだそのとば口にも達していない。



付利による剰余金減少は過渡期の現象にすぎない

とはいえ、インフレ率が安定的に2%を超えるにいたったあかつきには、異次元金融緩和政策からの出口は、必ず実行されることになる。そして、その特定の局面においては、付利の引き上げが実行される可能性もある。その時、日銀の剰余金はおそらく減少するし、一時的には赤字になる可能性もある。

そのように日銀の剰余金が赤字になったとしても、それは主に、名目金利の上昇による日銀保有資産のキャピタル・ロスなどによって生じる過渡的な現象にすぎない。というのは、インフレ率が安定的に2%を超え、名目金利も安定的な水準まで上昇しきった定常的な状況では、日銀の資産から得られる収益は、その負債である当座預金への付利を必ず上回るはずだからである。つまり、「収益>付利」となるので、日銀の剰余金が恒常的に赤字になることはない。

中央銀行のバランスシートにおいては、負債はベースマネーであり、それは主に発行銀行券と中央銀行当座預金からなる。そしてその資産は、主に国債と中央銀行貸出からなる。つまり、付利を支払わなければならないのは、そもそもベースマネーから発行銀行券分を差し引いたその一部にすぎない。さらにその付利を支払う当座預金分も、基本的には国債運用や中央銀行貸出として収益が得られている。仮に国債金利が2.5%に上昇したとすれば、過渡期に生じるキャピタル・ロスを除けば、日銀は付利を支払う当座銀行預金分の運用によって、2.5%の利益を得る。その時、付利が2.5%を上回ることはない。

その点を理解するのに有益なのは、政策金利における「コリドー」という概念である。これは、政策金利である短期市場金利は、中央銀行当座預金への付利を下限とし、中央銀行による貸出金利を上限とするコリドー(回廊)の中に収まるという考え方である。つまり、「中央銀行の貸出金利>短期市場金利>中央銀行当座預金への付利」となる。

ここから明らかなように、中央銀行当座預金への付利は、あらゆる金利の下限である。したがって、中央銀行が貸出も含めてその資産から正常な収益を得ている限り、付利そのものによって日銀の剰余金が恒常的に赤字になることはないのである。

ところで、行政改革推進本部提言は、この問題について、「日銀が目標として掲げる2%の物価目標を達成した際、すなわち現在の大規模な金融緩和の出口に直面した際、市中の名目金利も2%を超えて上昇していくことも想定されるため、日銀は市中金利を上回る金利を銀行の超過準備に付与しなければならない」と述べている。しかし、上のコリドーの考え方から明らかなように、日銀の付利は各種金利の下限であるから、「市中金利は必ず日銀の付利を上回る」のである。自民党行政改革推進本部は、日銀がなぜ「市中金利を上回る金利を銀行の超過準備に付与しなければならない」のかを説明すべきであろう。

付利による銀行収益は預金準備率引き上げによって圧縮可能

筆者はしかし、日銀による付利には確かに、一つの大きな問題が存在すると考えている。実は、銀行などの金融機関が中央銀行に預金を置いておくだけで付利という収益を得られてしまうというのは、国民の共有財産である通貨発行によるシニョレッジの一部を、濡れ手に粟のようなノーリスクの収益として銀行に付与することを意味する。それは、中央銀行の預金残高がそれほど大きくない場合には、許容可能かもしれない。しかし、日銀が大きなバランスシートを維持したまま付利を引き上げるとすれば、その不公正の程度はとても許容可能とは思われない。



行政改革推進本部提言のような日銀債務超過論は、もっぱら付利の引き上げによる日銀剰余金の赤字化を問題視している。しかし、そのようなことが生じるとすれば、それは銀行がそれに相当する収益を得ているからなのである。そして、もし付利に問題があるとすれば、それはむしろ、この「銀行が得る不公正かつ過大な収益」の方にある。

幸いなことに、この問題については、「預金準備率の引き上げ」という有効な対応策が存在する。それについては、行政改革推進本部提言も、以下のように指摘している。

なお、金融機関の預金準備率等を大幅に引き上げることにより(その場合、日銀にとっては金利を支払う必要が無い負債が増えることを意味するため)日銀の損失を和らげることもできるが、この政策を採用すると、本来日銀から受け取ることができる金利が減少するため、金融機関の収益を大きく圧迫することは避けられない。

この記述の問題は、そもそも「付利による日銀の損失とは金融機関にとっては収益」であることをすっかり忘却しているように思われることである。日銀から受け取ることができる金利という濡れ手に粟の収益が減ったことで経営が困難になるような金融機関は、もともと存在する意義はなかったと考えるべきであろう。

もっとも、付利を引き上げるとか預金準備率を引き上げるということで、金融機関の収益が一時的に増減することはあったとしても、それはやがては正常な水準に収斂していくはずである。それは、特定の産業に対して行われる補助金や課税のことを考えてみれば明らかである。補助金によってある産業全体に一時的な超過利益が発生しても、市場が競争的な状態にあれば、供給量や価格の調整によってその超過利益はやがて消失する。課税の場合にはその逆が生じる。つまり、金融機関の経営問題は本質的ではない。本質的に問われるべきは、付利という形の国民負担の是非である。

ところで、この預金準備率引き上げという手段は、以前から一部の専門家によって、量的緩和からの出口における一つの政策オプションとして提案されていたものである。それは、中央銀行が預金準備率を引き上げれば、金融市場がそれだけタイトになるので、中央銀行がバランスシートを大きく圧縮させることなく市中金利の引き上げが実現できるからである。上記のように、それは同時に、付利によって発生する銀行の過大な収益を抑制することもできる。まさしく一石二鳥ということになる。

野口旭

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