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国境を超えて人の心を掴む音楽が、ナチスの時代に鳴り響く。

5/8(月) 10:15配信

Book Bang

 ナチスの時代を素材にした小説は少なからずあるが、佐藤亜紀さんの『スウィングしなけりゃ意味がない』は、これまでにない視点で描き出している。

 一九三九年から一九四五年に至るWW2の六年間は、思えば長い。少年が青年に変貌するに十分な歳月だ。

 場所はハンブルク。ハンザに加盟し、神聖ローマ帝国の時代より自由都市として自治の特権を持ち、交易で繁栄した。市民は富裕な商人層が多い。軍事大国プロイセンの首都として発展したベルリンとは大いに気風が異なる。この独特な都市の性格が作品に生かされている。

 ヒトラーは、若者を掌握することに力を入れ、青少年団ヒトラーユーゲントを組織した。最初は希望者のみであったが、じきに一定の年齢の青少年は強制的に加入させられることになる。ユーゲントパトロールは〈青少年を堕落させないための法規定〉に反するものを摘発して回る。

 この窮屈な時代にあって、ゲシュタポの監視もものかは、禁断の敵性音楽ジャズに夢中になる若者たちがいた。反ナチの抵抗組織として知られる〈白バラ〉のような、思想的な立場による反抗ではない。ジャズの魅力に取り憑かれ、ひたすら享楽への欲望に忠実なのである。

 父親が羽振りのよい軍需会社経営者である少年エディは、ジャズにのめり込むあまり仲間とともにこっそり手に入れたレコードを、工夫を凝らしてコピー盤を制作し、闇の販売ルートに乗せ、結構な商売になっていた。

 佐藤亜紀さんの作品は、常に、人間の本性を洞察する力と、深く広い知識学識を土台に、作品が求める文体によって構築される。さりげなく記される単語やフレーズには、史実、事実の裏付けがある。例えば「ザンクト・ルートヴィヒ・ゼレナーデ」のタイトルを記した海賊盤の中身はルイ・アームストロングの「セントルイス・ブルース」で、皆がやたら欲しがった、の叙述。ヒトラーユーゲントの行進曲が街路で鳴り響いている時期、学生たちがこのタイトルで官憲をごまかし、ジャズの演奏会を行ったという資料がある。

 ジャズの名曲を総タイトルと各章のタイトルにした本作は、まさにスウィングにのるような心地で読み進められる。しかし作者の筆は冷徹で、素材に惑溺はしない。

 戦争は続き、ゲシュタポの権力は絶大だが、末端において実行するのは個々の人間である。それぞれの弱点を把握したエディは彼らを利用する。代償は大きい。少年鑑別所にぶちこまれる。重労働。拷問にひとしい尋問。Night and Day 夜も昼も、彼は考える。女のことじゃない。個を無視し、一つの鋳型に嵌めこもうとする力。その力が為したこと。それへの、激烈な憎悪、嫌悪。〈狂った牢獄を祖国とか呼んで身を捧げる奴なんかいるか?〉刑期を終え出所すると、エディはジャズで結ばれた仲間たちとともに秘密の事業を続ける。もはや、ガキではない。二十に満たない年だが、父の後を継いだ表の事業もひそかな事業も切り回す。箍が外れた世界で、中枢神経興奮薬で気力を保ちつつ、正気の世界を作ろうとする。

 ドイツの敗色が濃くなり、制空権を奪われ、ハンブルクは英爆撃機の大規模な空爆によって壊滅する。この場面の迫力が凄まじい。写真や記録から想像して書かれたわけだが、文章でここまで表現できるのかと、心から讃嘆する。

 海外を舞台に、日本人が登場しない作品をあらわすと、なぜ日本人がそういうものを書くのか、必然性があるのか、と難詰されもする。その答えが、本作にはある。

 作者の国籍がどこであろうと、『スウィングしなけりゃ意味がない』は、国境を超える普遍性を持った、優れた文学作品ではないか。国境を超えて人の心を掴む音楽と同様に。

[レビュアー]皆川博子(小説家)
みながわ・ひろこ

KADOKAWA 本の旅人 2017年3月号 掲載

KADOKAWA

最終更新:5/8(月) 10:15
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