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中野京子×平野啓一郎「芸術は運命に勝てるか」

5/9(火) 18:00配信

文春オンライン

新シリーズ『運命の絵』を刊行した中野さんと恋愛小説『マチネの終わりに』で渡辺淳一文学賞を受賞した平野さんが古今東西の芸術家が描いた「運命」を語り合った。

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平野 このたび刊行された『中野京子と読み解く 運命の絵』(弊社刊)を面白く拝読しました。

中野 有難うございます。小説というアプローチで、ロマン主義を代表する画家ドラクロワを描いた『葬送』(新潮文庫)の著者である平野さんと、お話しできるのを私も楽しみにしていました。

平野 今回、中野さんが『運命』という題材を選ばれたのはどうしてだったのですか?

中野 オール讀物で連載するにあたって、編集者から提案されたときに、面白いテーマだと思いました。自らの運命について、考えない人はいないからです。人間は哲学や宗教、歴史、文学、オペラで運命を取り上げ続けてきました。もちろん、美術作品でもそうで、「運命的瞬間」や「歴史の転換点」などの切り口から、様々な「運命の絵」を紹介してみようと思いました。

平野 著書の冒頭にあった鉄の女サッチャーの言葉が印象深かったです。

「思考は言葉になり、言葉は行動になり、行動は習慣になり、習慣は人格になり、人格が運命となる」

 この言葉は、現代に吹き荒れる自己責任論も表わしていると思います。“何もかもお前の責任だ”と言われると、私はちょっと耐えられない……。だから“自分ではどうしようもないものがあるんだ”という考えに身をゆだねたい気持ちがありますね。

中野 宿命という言い方で表現すると「逆らえぬもの」という印象が強いですが、運命という言葉には、わずかなチャンスが残っている響きがあります。

平野 また、西洋と東洋では、言葉の捉え方も少し違いますよね。

中野 戦国時代に日本で布教した、イエズス会宣教師ヴァリニャーノが、日本人を「平然と立派な態度で運命を甘受する」と書いています。また、「かつて栄華を誇った領主が、戦に敗れて落ちぶれて困窮しても、苦悩を胸にたたんでおく。貧困は日本人を罪悪ややましさに駆りたてない」とも。この考えには逆に、「貧困は悪であり、敗北」という西洋の考え方がにじみ出ていますよね。

平野 この違いは、仏教が影響していると思います。仏教には、「縁起」(すべての存在は、相対的な関連性の中で、因縁によってなりたっている)という基本思想があって、これが日本人の運命に対する感覚を作っているのではないでしょうか。

 たとえば森鴎外は、“本人が抗おうと思っていても抗えない状況だった”という小説をたくさん書いていて、運命論者に近い気がするんです。ヒロイックな主人公を求める読者からすると、主人公が物足りなく感じられるでしょうが、これほど、“自己責任”が叫ばれる時代ですから、この考えは、慰めになります。社会のグローバル化が進み、一個人の力が及ばないことが世界中で起きている。そして、このことがどんどん可視化されつつある時代に、「自己責任論」が強調されるのは、不思議な気がしますね。

中野 貧しい境遇に陥った人は、自己責任。正社員になれないのも自己責任。すべて、このフレーズで片付けられようとしていますよね。

平野 資本主義が格差を拡大していくなかで「派遣社員で給料が安くても幸せ」と諦めるのではなく、現状に抗うことも大切です。運命という言葉には、一概には言えない「深み」を感じます。

中野 ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調が、『運命』という通称をもったのは、彼が全く耳が聴こえなくなっても傑作を生み出し続けたからでしょう。「私は運命の喉首を絞めあげてやる。決して運命に屈しないぞ」と語ったとも言われます。勝つにせよ、負けるにせよ、芸術家たちが、いかにして運命に抗ったか――その軌跡こそが、人々に力を与えているのかもしれません。

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最終更新:5/9(火) 18:54
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