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新ドキュメンタリーでわかったダイアナ妃についてあなたが知らなかったかもしれない新事実

5/9(火) 14:30配信

ハーパーズ バザー・オンライン

ダイアナ妃についてあなたが知らなかったかもしれない新事実

ダイアナ妃没後20年の今年、最後の夏の日々を追ったテレビ・ドキュメンタリーが、週末ABCで放送された。ホストはイギリス人ジャーナリストのマーティン・バシール。1996年にダイアナ妃最後となったインタビューを行った人物だ。チャールズ皇太子と離婚後、1997年8月31日に自動車事故によりパリで亡くなるまでを追った番組タイトルは『独身女性として、最初で最後の夏』。世に自分の存在を主張し、人生の次なるステップを模索しながら、デートも始め、常にパパラッツィと戦う一人の女性にスポットライトを当てている。その番組でわかったダイアナの本当の姿とは?

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「彼女の最愛の人」と友人たちが呼ぶ男性は、ドディ・アル・ファイアドではなかった。

ダイアナは、ロンドンで勤務するパキスタン人の外科医ハスナット・カーンと、別れたりくっついたりの関係を続けていた。2人は、彼女の友人が入院していた病院で出会ったのだが、彼女は彼のことを「驚くほど魅力的」と思ったという。しかし、彼のほうは、2人には文化的な違いがあり、メディアにさらされることを好まなかったため、交際に未来があるのか確信が持てなかった。番組では、2人がハイドパークで大声をあげて喧嘩する様子が再現されたが、その時にダイアナは、彼に最後通牒を渡した。「交際を世間に発表できないなら、止めてしまいなさい」。ダイアナの死について捜査が行われた際に、カーンは、彼女はドディと交際していたことを彼に隠していたと証言。ダイアナの人生最後となった夜に彼は何度も電話をかけたが(つながらず)、電話番号を変えたのだと思ったと言う。

マスコミ嫌いだったが、それを利用する術を知っていた

彼女は友人や家族がマスコミに話すことに激怒していた。母親がチャールズ皇太子との離婚について率直にインタビューに答えたことも。「何か言うことがあるなら、それは自分の口から言うべきだと彼女は思っていました」と、王室の元報道秘書官ディッキー・アービターは言う。彼女は、メディアに「追いかけられ、呪われている」と感じていた。しかし、番組によると、彼女はチャールズ皇太子とカーンの両方に仕返しするため、マスコミに何度も情報を与えていたのではないかという。チャールズ皇太子がカミラのためにバースデーパーティーを開き、それが新聞の一面に掲載された後、ダイアナはサントロペでのバカンスで撮影機会をセットし、カメラマンの目前でジェットスキーに乗ったり、水着でブラブラしたりした。後に、ドディ・アル・ファイアドとサルデーニャでバカンスした時も、パパラッツィに情報を漏らして彼とキスしているピンぼけの写真を撮らせ、それがあらゆるタブロイド紙に掲載された。

本当はジョン・トラボルタと踊りたくなかった。

あの有名な写真はあるものの、彼女はトラボルタと踊りたかったわけではない。 その代わり、彼女が一緒に踊りたかったのは、バレエダンサーのミハイル・バリシニコフ。ダイアナの元バトラー、ポール・バレルによると、彼は「彼女のヒーロー」だった。しかし、レーガン大統領とファースト・レディのナンシーがトラボルタと踊る機会をセットしたため、彼女はその通りに従ったのだった。

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