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トランプ大統領が望む「任期中の有人月・火星飛行」――NASAの苦悩と希望

5/9(火) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 ドナルド・トランプ大統領は4月24日、国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士と、テレビ電話で交信するイベントを行った。その中でトランプ大統領は「私の1期目、遅くとも2期目の任期中に人を火星に送りたい」と発言し、2024年までに有人火星飛行を行いたいという抱負を語った。

 かつて人類を月へ送り込んだ米国航空宇宙局(NASA)は現在、有人火星探査を目指し、少しずつではあるものの前進している。しかし、その目標は2030年代と、トランプ大統領の任期中にあたる2024年――2期目があるとしてだが――には到底間に合いそうもない。

 はたしてトランプ大統領の言葉は実行できるのか。米国の有人宇宙開発の現状と併せて解説したい。

◆スペース・シャトルなきあとの米国の有人宇宙開発

 現在の米国の有人宇宙開発をめぐる流れは、2004年にジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)が発表した宇宙政策にまでさかのぼる。

 この政策では、まず長年米国の有人宇宙開発を支え、日本人宇宙飛行士も乗ったことのある宇宙船「スペース・シャトル」を引退させ、そして新しい宇宙船とロケットを開発し、2010年代のうちに有人月飛行を行い、続いて火星へ行くことを目指すことなどが定められていた。

 NASAはこの政策に従い、新しい宇宙船「オライオン」と、新しいロケットの開発計画をスタートさせた。ところが、予算や技術的な問題などから開発は遅れ、計画の目的やあり方にも批判が相次いだ。

 2009年に就任したバラク・オバマ大統領は、より確実に月や火星へ行くためという理由で、このブッシュ政権下での計画の見直しを発表。2030年代に有人火星飛行を目指すという方針を掲げた。NASAもそれに従い、今まで進めていたロケットなどの開発を中止、あるいは見直し、新たに超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS)の開発を始め、またブッシュ時代に始まったオライオンの開発も続けられることになった。オライオンは2014年に無人での初飛行にも成功している。

 一方でスペース・シャトルは、老朽化が進んでいたことなどから延命できず、2011年に引退した。

 またオバマ政権では、オライオンは月や火星などの深宇宙への飛行用に使うとし、国際宇宙ステーションなどの比較的近い宇宙への飛行は、イーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXなどの、民間企業に任せるという方針が明確になった(方針そのものはブッシュ政権のころに立ち上げられている)。ただ、この民間の宇宙船も開発が遅れており、初飛行は2018年の予定である。

◆トランプ大統領の有人宇宙政策

 2017年1月に就任したトランプ大統領は、選挙中の間、宇宙開発や宇宙政策に関して、あまり具体的な発言はしてこなかった。

 今年3月に発表された2018会計年度予算案では、NASA全体の予算は2017年度と比べて1%弱の減少とされ、大幅なカットはまぬがれている。内訳を見ると、かねてよりトランプ大統領が敵視していた地球温暖化や気候変動に関する予算や、教育に関する予算は大幅減となっているが、一方で火星探査など、宇宙探査の予算は増えている。

 その中で有人宇宙飛行については、オバマ時代から一部中止されたものはあるものの、大半の計画をそのまま継続することになり、予算もそれなりに十分な額をつけるとなっている。目新しさはないが、SLSもオライオンもすでに開発が進んでおり、今さら大きく変更できる余地もなかったのだろう。

 とはいえ、流されっぱなしというわけでもないようで、トランプ大統領が(どこまで本気かはわからないものの)有人宇宙探査に対する熱意を語ることもあった。たとえば今年2月28日に行われた議会演説の中では、「遠い世界に米国人が足跡を刻むことは、たいそうな夢ではない」と、抽象的ながら有人宇宙探査に触れている。

 トランプ大統領が日付を含め、有人宇宙飛行についてオバマ時代とは違う、新しいことを指示したのは今年2月のことだった。NASAに対し、2021年以降に予定されている有人月飛行計画を前倒しして、自身の任期中に間に合わせることができないか、と検討を要請したのである。

◆2010年代に有人月飛行が、20年代には有人火星飛行が実現?

 オバマ政権化で開発が始まったSLSは、今のところ2018年に初飛行が予定されている。これは安全性を重視して無人で行われることになっており、この飛行が成功すれば、2021年にいよいよ宇宙飛行士が乗ったオライオン宇宙船を搭載して、月へ向けて打ち上げるという計画になっている。

 しかし2021年というと、トランプ大統領の現在の任期が終わる年でもある。任期中に間に合わせるためには2020年中に、2期目を目指すための話題作りに利用するためには2020年の前半までに実施する必要がある。

 そこでトランプ大統領は、2018年に予定している無人飛行を中止し、初飛行でいきなり宇宙飛行士を乗せて飛ばせないかと考え、NASAに実現の可能性を検討させている。

 そして、NASAがまだそれを検討中の最中に飛び出たのが、今回の宇宙飛行士との交信イベントでの発言だった。

 トランプ大統領はこの中で、まず宇宙飛行士に「有人火星飛行はいつ実現できるのか」と訪ねた。それに対して飛行士は「それはあなたが先日指示したように、2030年代になります」と答えている。

「先日指示したように」とは、トランプ大統領が今年3月21日に署名、発効した2017年のNASA法(NASA Transition Authorization Act of 2017)の中に、「2030年代に有人火星飛行を目指す」と書いてあることを指している。つまり誰に聞くまでもなく、トランプ大統領は自分自身で実現の目標日を指示していたのである。

 それを知ってか知らずか、トランプ大統領はそれに対して「私の1期目、遅くとも2期目の任期中に人を火星に送りたい」と回答するという、いかにもトランプ大統領らしいエピソードとなった。

◆これまでのやり方では不可能、民間企業を活用する「ウルトラC」

 実際のところ、2020年までの有人月飛行と、トランプ大統領の2期目(があるとして)の任期にあたる2025年1月までに有人火星飛行を行うことは可能かといえば、きわめて難しい。

 前者に関しては、実現までの時間が少ないことが一番の問題である。予算を増やし、なおかつ多少のリスクを取ることを覚悟で臨めば不可能ではないが、その予算が与えられるかどうかの保証はない。

 後者は次元の違う問題といってよいだろう。なにより火星への飛行において問題になるのは、その飛行時間と宇宙飛行士の安全である。火星に着陸せず、ただ行って帰ってくるだけでも年単位の時間がかかる。その間、宇宙飛行士は狭い宇宙船の中で生活しなければならず、さらに放射線(宇宙線)も浴びる。長期間の宇宙滞在で人体にどのような影響があるのか、あるいはそうした影響をどのように防ぐかといったことは、まだわからないことも多い。

 ひとつだけ「ウルトラC」があるとすれば、スペースXの存在である。スペースXは昨年9月に、2020年代に火星移民を始めるという壮大な構想を明らかにした(参照:イーロン・マスクの「火星移住計画」の全貌が明らかに。2020年代には1人2000万円で火星に!?)。もちろん、現時点で予定どおり始まる保証も、そもそも本当に実現するかどうかの保証もないが、彼らの自己資金と、NASAの支援があれば、実現の可能性は出てくる。

 有人月飛行においても、スペースXは2018年に自社のロケットと宇宙船で可能だと明らかにしている(参照:スペースX、2018年に2人の民間人を月へ打ち上げへ。その狙いとは?)。こちらも実現する可能性は低いが、NASAの協力があれば――少なくとも有人火星飛行よりは――可能性はある。さらに月の開発は、スペースXだけでなく、ジェフ・ベゾス氏率いるブルー・オリジンなど、他の企業もいくつかの提案を行っている。とくにブルー・オリジンは一番積極的で、単なる飛行ではなく、月への移住も画策しているとされる(参照:Amazonは宇宙をも支配するか?創業者ジェフ・ベゾスのロケットが目指す未来)。

 トランプ大統領の真意が、自身のキャリアや2期目の大統領選に向けた話題作りであるとするなら、人が火星に行こうが月に行こうが、それほど大きく変わることはない。したがってNASAとしては、まず2020年代の有人火星飛行はどうやっても無理なので諦めてもらうとして、その代わりにトランプ大統領の在任中に、スペースXやブルー・オリジンなど民間企業も交えた上での有人月飛行や、あるいは月への移住を目指す(実施できるかはともかく、道筋をつける)というのが、現実的な回答となろう。

 ただ、トランプ大統領がそれで納得するか、納得してもNASAの予算が増えるか、そしてそれを議会や産業界などが認めるかなど、ハードルはまだ多い。

 また、独自の有人宇宙船をもっていない日本が、これからも有人宇宙開発を続けるためには、NASAとの協力が必要不可欠になる。そのため、今後トランプ政権の宇宙政策や、NASAの有人宇宙開発がどのような方針を取るかは、日本にとっても大きな問題である。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。

Webサイト: http://kosmograd.info/

Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info)

【参考】

・NASA Astronaut Peggy Whitson Talks STEM Education with President Trump | NASA(https://www.nasa.gov/press-release/nasa-astronaut-peggy-whitson-talks-stem-education-with-president-trump)

・President Trump Calls Space Station Crew on Record-Setting Day – YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=5HMwKwWnV4k)

・Text – S.442 – 115th Congress (2017-2018): National Aeronautics and Space Administration Transition Authorization Act of 2017 | Congress.gov | Library of Congress(https://www.congress.gov/bill/115th-congress/senate-bill/442/text)

・Trump’s exuberance for Mars faces technical and fiscal challenges – SpaceNews.com(http://spacenews.com/trumps-exuberance-for-mars-faces-technical-and-fiscal-challenges/)

・President Trump calls International Space Station – Spaceflight Now(https://spaceflightnow.com/2017/04/24/president-trump-calls-international-space-station/)

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