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テロもフェイクニュースも影響が限られたフランス大統領選 - 鈴木一人 グローバル化と安全保障

5/10(水) 16:30配信

ニューズウィーク日本版

<フランス大統領選は、テロ、ハッキング、フェイクニュースは大きな影響を与えなかった。その理由を考える>

5月7日に行われたフランス大統領選挙第二回投票で、エマニュエル・マクロン候補が66.06%、マリーヌ・ルペン候補が33.94%の得票で、マクロンが勝利し、第五共和制の下で八代目となる大統領になることが確定した。すでに同僚の遠藤乾氏や吉田徹氏をはじめ、多くの論評がなされているが(選挙分析としてはFinancial Timesの記事が興味深かった)、最大の懸念であったルペン候補が大差で敗れたことで、フランスの右傾化を心配する多くの人がホッと胸をなで下ろすことになった。しかし、今回の大統領選の勝利は、マクロンが勝利したことで全てよしと言い切れない選挙であったと考えている。

最大の衝撃は何も衝撃的なことがなかったこと

今回の大統領選挙で最も衝撃的だと思ったのは、おおむね事前の選挙予測と変わらない結果となった点である。これまでアメリカの大統領選、イギリスのEU離脱国民投票では事前の予測を覆す形でトランプ大統領が勝利し、EU離脱派が勝利した。しかし、今回はマクロン、ルペン両候補が決選投票に進み、予想よりはマクロン候補が多く票を獲得したとはいえ、その勝利は予測通りであった。

しかし、トランプ大統領が4月末に起こったパリでの警官銃撃テロを指して「パリでまたテロが起こった。フランスの人々はもう耐えられない。これは大統領選に大きく影響する!」とツイートしたように、大統領選の直前に起こったテロは、移民排斥を通じてフランスの安全を守ると主張するルペン候補に有利になる状況のように思えた。しかし、実際の投票行動を見る限り、テロ事件は大きな争点にはならず、それがルペン候補への支持を押し上げたとは言えない状況であった。

また、アメリカの大統領選ではロシアによる民主党全国委員会のサーバへのハッキングが大きく取りざたされ、ロシアの選挙介入が問題となったが、今回、ルペン候補が選挙前にプーチン大統領と面会し、米大統領選のハッキングにも関与した企業がマクロン候補のメールをハッキングし、それが第二回投票直前に公表されたことから、ロシアの介入が選挙結果を揺るがすのではないかと見られていた。しかし、世論調査の推移からみて、これらのロシアの介入やマクロン候補のメール公開(しかもその中には捏造されたものも含まれていた)が大きな影響を与えたとは言えない状況であった。



さらに、アメリカ大統領選やイギリスのEU離脱の国民投票でも問題になったフェイクニュースも今回のフランス大統領選では多く見られた。マクロン候補に関しては「バハマ諸島に海外口座がある」(ルペン候補が討論会でこのことを示唆し、マクロン陣営は裁判所に訴えた)や「サウジアラビアから支援を受けている」、「米国の銀行業界の代理人」といったフェイクニュースがばらまかれた。しかし、アメリカで大きな話題になったフェイクニュースも、フランス大統領選では大きな衝撃とはならず、かなり早い段階でフェイクであると報じられ、また有権者の投票行動に大きく影響したとも思えないほど希釈化されたと思われる。

なぜ影響が限られていたのか

テロ、ハッキング、フェイクニュースはいずれもアメリカ大統領選で大きな話題となり注目を集めるテーマであったが、フランス大統領選で大きな影響を与えたとは言い難い状況であった。それはなぜなのであろうか。

単純に「フランスは市民社会における政治意識がアメリカのそれよりもはっきりしており、候補者を選ぶに際して、そうした外部からの情報に左右されない」という評価をすることも可能である。フランスの民主政治の伝統と歴史からみれば、またフランスにおける個人主義的な意思決定の仕組みや市民社会の強靭さから見れば、こうした結論を導くことも不可能ではないだろう。しかし、ことはそれほど単純ではないように思える。

テロ事件はなぜ影響しなかったのか

まずテロに関してだが、2015年1月のシャルリー・エブドの襲撃事件以来、フランスは断続的にテロの脅威にさらされており、2015年11月のパリ同時多発テロ事件、2016年7月のニーストラックテロ事件、そして大統領選挙直前の2017年4月のパリ警官銃撃事件など、コンスタントにテロが勃発する状況にあった。政府は非常事態宣言を継続し、現在も非常事態宣言の下で大統領選挙が行われたわけだが、既にテロを阻止するために出来る限りのことは行われており、政府の瑕疵を問うような議論はあまり大きくはなされていなかった。

ルペン候補もテロの問題は移民問題に引き付けて主張していたが、テロを防ぐために移民を排斥せよ、といった論理の展開は管見の限り、あまり見かけなかった。むしろ、ルペン候補の主張は、日々の生活に忍び込んでくるイスラム教の価値観や生活習慣がフランスのフランスらしさを失わせている、ということに対する危機感であり、雇用や経済の問題とともにアイデンティティの問題として取り上げることが多かったという印象が強い。ルペン候補が掲げた144の公約のうち、テロ対策は5つしかなく、公約全体を俯瞰する前文にもテロの問題は含まれていない。

つまり、日本やアメリカから見ていると、フランスにおけるテロは大きな問題であり、トランプ大統領もツイートした通り、選挙結果に大きな影響を与えるものと考えがちである。もちろんフランスでもテロ対策は大きな課題ではあるが、それは数多くの課題の一つとなっており、それだけが突出して選挙結果を動かす要因にはなっていないということが言える。その意味で、9.11の衝撃が政治のあり方を大きく変えたアメリカの状況やイメージとは異なる政治の姿がフランスにはある、と理解したほうが良さそうである。



ハッキングやフェイクニュースはなぜ影響しなかったのか

マクロン候補のサーバへのハッキングやその情報の公開が影響しなかったこと、またフェイクニュースが流されても大きな問題にならなかったのは、なぜなのか。この点に関し、New York Timesが興味深い記事を出している。この記事によれば、アメリカで大きな影響を見せたハッキングやフェイクニュースがフランスで影響しなかったのは「イギリスのタブロイド文化や、クリントン候補のハッキング問題をネガティブに報じたアメリカの強固な右翼放送メディアと同等のものがフランスには存在していなかったから」という解説がなされている。つまり一言で言えば、「フランスにはFOXニュースがない」ことが大きな違いであると論じている。

アメリカにおいては、選挙期間中、メディアが党派性を顕わにし、自ら支持する候補を明らかにする伝統があるが、近年はそうした支持を報道の現場にも持込み、自ら支持する候補に有利な情報を流すだけでなく、対立する候補に不利な情報も流し続けるという傾向が強まっている。それはとりもなおさずジャーナリズムとプロパガンダの境目を超えることになりかねないが、FOXニュースなどの党派性の強いニュースチャンネルは、幅広い視聴者層に対して、対立候補を貶める情報であれば些末なことでも大きな問題として取り上げ、根拠が薄弱であっても繰り返し報じることで、あたかも確証があるかのように伝えるといったことが起きている。

さらに問題となるのは、そうしたフェイクニュースや、ハッキングの問題を対立候補を攻撃する材料として選挙戦に積極的に使っていくということがアメリカでは行われていた。クリントン候補に対するメール問題やベンガジにある米領事館襲撃事件は、トランプ陣営にとっては格好の攻撃材料となり、執拗なまでに繰り返し演説やキャンペーンに用いられ、それをニュースメディアが報じることで、ある種の増幅効果が生まれた。

それに対してフランス大統領選では、ルペン候補が大統領候補討論会でフェイクニュースを基にした発言をしたことはしたが、それが大きな話題にもならず、ニュースチャンネルでも大問題として取り上げられなかった、という点が大きい。つまり、それが有権者にとって政策や候補を判断する材料ではないとメディアが判断したということである。こうしたジャーナリズムのあり方の違いが、フェイクニュースやハッキングの問題を小さな問題に留め、大統領選に影響させなかったのだと考える。

マクロン大統領のフランス

さて、当選したマクロンが大統領に就任した場合、どのようなことが起こりうるのであろうか。基本的にはマクロン大統領のフランスは、現状維持が基本路線となる。国民には不人気だったオランド大統領ではあったが、それは社会党大統領として多くの期待があったにも関わらず、その政策はいっこうに実現されず、EUの枠組みの中で制約の多い政権運営をせざるを得なかったことに対する不満や失望が基盤となっていた。

オランド大統領の公約には国内投資促進、雇用促進、公務員の増加、脱原発などがあったが、いずれも実現されず、結局、ドイツの主導する緊縮政策をとらざるを得なかった。こうした失望に加えてオランド政権の間に頻発したイスラム過激派によるテロ(シャルリー・エブド事件、パリ同時多発テロ事件、ニーストラックテロ事件、パリ警官銃撃事件など)による不安や問題解決能力のなさが批判の対象となった。



しかし、マクロンは選挙期間中から親EUを説き、グローバル経済の中で勝ち抜くにはより競争力を高めるための厳しい痛みを伴う政策が必要と訴えてきた。その点ではオランドのような失望を招くことはなく、公約通りの政策を実行することは可能であろう。しかし、それは国民の不満を解消するどころか、一層深めていく可能性すらある。そうなれば、国民戦線への支持が高まっているような状況を再度作り出すこととなり、次の選挙ではかなり厳しい戦いを強いられることになるであろう。

とりわけ移民問題については、国民戦線とは対極にある寛容さ、多様性を追求する政策を主張し、リベラルな有権者を引きつけることに成功したが、もしテロが起き、その対処に失敗すれば、これまで移民に対して寛容な主張をしてきた支持層も失望することになるだろう。

マクロン大統領のフランスでは、経済ではネオリベラルな緊縮財政を進めることになり、それがフランスの経済成長と雇用を生み出すという結果を伴わなければ、マクロンへの失望は高まるであろうし、非物質的な価値の側面ではリベラルな政策をとるが、これらも移民の増加やテロの頻発と言った問題に直面すると、国民の失望を招くことになる。そうなると、マクロンが大統領として成功する道は極めて厳しく狭い道となる。

それも国民議会選挙をどう戦い、どの程度、マクロンの「前進!」が議席を獲得し、どの党と連立を組むのか、といったことに依存する。マクロンが提示した公約を実現することを支持する政党と連立し、与党を組むことが出来るかどうか、それが最初の試練であり、それを乗り越えられなければ、マクロン政権の5年間は議会との調整、対立、妥協に明け暮れる5年間となるだろう。

鈴木一人

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