ここから本文です

イトーヨーカドー屋上の「ハト」、4月から再登場!――12年ぶり復活、その背景は?

5/11(木) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

 業績不振にあえぐ大手総合スーパー「イトーヨーカドー」に救世主がやってきた。それは、あの長年親しまれた懐かしい「赤と青のハトマーク」。

 今春からイトーヨーカドーの一部店舗で広告塔屋の看板を変更する作業が開始され、経営陣の刷新により噂されていた「ハトマーク」の復活がついに現実のものとなったのだ。

◆ハトのマークに込められた意味

 イトーヨーカドーは1920年に「羊華堂」として浅草で創業。その後、1945年に東京大空襲に遭い、戦後に北千住で営業を再開した。

 ハトのマークは1956年の「株式会社ヨーカ堂」設立時にはすでに用いられていたといい、平和の象徴であるハトをCI(コーポレートアイデンティティ)に採用したのは「戦災からの復活を遂げたヨーカ堂」だからこそであったと考えられる。その後、1960年代に入ると多店舗展開を開始し、1972年には現在のような「赤と青のハトマーク」が掲げられるようになった。

 一方で、イトーヨーカドーの看板が現在の「セブン&アイマーク」になったのは2005年のこと。同年9月に持株会社「セブン&アイホールディングス」が発足したことを受けたものであった。

 しかし、長年親しまれた「ハトマーク」を惜しむ声は少なくなかった。かつて東日本の地方都市ではイトーヨーカドーが「百貨店」のような使われ方をしてきた事例も多かったというが、イトーヨーカドーのマークがセブン&アイに変わったことにより、何となく(包装紙などが変わっていなくとも)「これからは贈答用には使いづらいな」という印象を持った人もいるのではないだろうか。

「看板変更の弊害」はセブン&アイグループの他社でも起きており、イトーヨーカドーなどとともに看板を「セブン&アイ」に変更したファミリーレストラン「デニーズ」では、立地上多くの店舗で看板が「セブンイレブン」と見分けが付きづらかったため、再度看板が変更されるという事態を招いた。こうした出来事は、「セブンイレブン主導」というセブン&アイホールディングスの現状を象徴するものであった。

◆経営陣刷新による「創業家回帰」

 かつて総合スーパーの雄と言われたイトーヨーカドーであったが、築年数が高い店舗を多く抱えていることもあり、2016年からは創業店の千住店閉店を含めた大規模な店舗整理が実施されるなど、業績不振が顕著なものとなっていた。

 こうしたなか、2016年4月にはセブン&アイホールディングスの鈴木敏文会長兼最高経営責任者(CEO)が退任、同年12月には鈴木氏の次男も取締役を退任し、その後は創業家出身の伊藤順朗氏が常務に昇格するなど、経営陣の刷新とともに創業家への回帰も進んでいた。

 伊藤常務は、2017年2月におこなわれた決算会見において、ハトマークについて「長年培ってきた看板であり、それを大事にしたい社員たちの気持ちは強い」としたうえで復活もありうると述べており、同月からは折り込みチラシの「ハトマーク」が大きくなるなどの変化も生まれていた。

 総合スーパー全体の業態不振が叫ばれて久しい昨今、長年親しまれたマークを掲げることで、かつてのイメージを取り戻したいという思いのイトーヨーカドー。

 もちろん、業態不振の打破には業態改革・店舗改革も必須であり、今後「新たな経営陣」と「昔ながらのハトマーク」の下で、新時代の総合スーパー像を描いていくことができるかどうかが大きな課題となる。

 なお、いち早くマークが「鳩」に戻されたイトーヨーカドー大森店では、5月7日現在「2面がハト、2面がセブンアイ」という状況になっており、他店でもこうした対応になるのか注目される。

<取材・文・撮影/都市商業研究所>

【都市商業研究所】

若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」

※都商研ニュースでは、今回の記事のほかにも下記のような記事を掲載中

・GAP渋谷店、5月7日閉店-GAP日本旗艦店の1つ

・イーアス高尾、6月22日開業-八王子最大級のショッピングセンターに

・ニトリ渋谷店、2017年6月ごろ開店-丸井・シダックス跡に「都心初」単独旗艦店

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:5/11(木) 16:20
HARBOR BUSINESS Online