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スポーツ産業過熱もプロ人材不足。東京五輪後見据えた「スポーツMBA」が担う大役

5/12(金) 7:20配信

フットボールチャンネル

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで3年となり、スポーツ界では様々な動きが加速している。その中でもプロフェッショナルな人材の不足が叫ばれるスポーツビジネス界における課題はどこにあるのだろうか。早稲田大学スポーツ科学学術院の原田宗彦教授に話を聞いた。(取材・文:舩木渉)

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●日本スポーツ界が抱える課題。少子化の波はすぐそこに

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで3年となり、スポーツ界では様々な動きが加速している。競技面だけでなく、それらの周囲を取り巻くビジネス面でも大きな転機となる大会に向け、学術界でもこれまでになくスポーツに注目が集まっている。

 そのような中、早稲田大学は同校の「スポーツ科学学術院」と「早稲田ビジネススクール」の共同で日本初の本格的なスポーツMBA(Master of Business Administration)プログラム「早稲田大学スポーツMBA Essence」を発足させた。プロフェッショナルな人材の不足が叫ばれるスポーツビジネス界において、起爆剤となることができるのだろうか。

 そこで発起人の一人である早稲田大学スポーツ科学学術院の原田宗彦教授にプログラムの狙いや、スポーツビジネスが直面している課題について話を聞いた。

ーーいよいよ東京オリンピック・パラリンピックまで3年となりました。徐々に準備が進んでいく一方で、課題やネガティブな話題もよく耳にします。五輪はビジネス的な側面も多くはらんでいますが、日本のスポーツ界はどんな課題を抱えているのでしょうか。

 私は2020年まではオリンピックマークを掲げてグイグイいくと思っていますが、問題はその後ですよね。オリンピックレガシーなどと言っていながら、本当に残るのか。そこは非常に危惧しています。うまくオリンピックが回れば、余熱でロンドンのように五輪後も伸びていく可能性はあると思っているので、まずは目標を定めて、大会後に向けたものを今から仕込んでおく必要があります。たとえば2023年の女子W杯招致や2026年のアジア大会(名古屋)、そして26年か30年の札幌の冬季オリンピック・パラリンピック招致…そういったものをスポーツ界全体で次々に仕込みながら、目標を常に作っていくべきではないでしょうか。

ーー日本社会全体の問題として少子高齢化が叫ばれています。2018年以降、18歳以下の人口がさらに減ると予想されていることはスポーツ界とも密接に関連する大きな問題なのではないでしょうか。

 その心配はしています。数年後には子供の数がいよいよ急降下の時代に入ってきます。とは言いつつもしばらくは1億人以上いますから、大きな国といえば大きな国です。それでも小学校が減れば、中学校が減って、次に高校と…少子化の影響は下の方から徐々に上がってきます。その準備をしていかなければいけないですよね。

●スポーツにおける「世代効果」の意義

ーー人口自体が減ってしまうと、スポーツ産業が拡大しても市場自体が小さくなっていってしまいます。

 それでもスポーツをする人、あるいはスポーツに参加する機会が増えれば、急速に市場がしぼんでいくことはありません。スキーは一度廃れてしまいましたが、今は徐々に持ち直しています。18年ぶりに兵庫県に新しいスキー場がオープンしたり、インバウンドのスポーツツーリズムが増えるとか、いろいろ考えられますよね。ただ子供の数は減るので、カジュアルなスポーツ参加者を増やすことで、市場を安定させることは可能です。

ーースポーツをする機会や触れる環境が改善されていけば多少は維持できるのでしょうが、人口減少による影響は避けられない。

 実は、年齢層が上がるごとにスポーツ参加率が上がり、スポーツ消費も増えるんです。ゴルフは70代が一番お金を使っています。ただ、今の70代がゴルフをかなりやってきた層である一方、その下の世代がついてこない。いまはバブル期にゴルフをしていた団塊の世代が、定年退職して時間ができてゴルフを支えていて、その人たちがいなくなったら真剣に悩まないといけない。

ーー確かに自分の周りにはゴルフをやっている人はいません。

 スポーツ参加には「年齢効果」と「世代効果」があります。前者は年齢とともにするスポーツが変化するという仮説で、後者は、それぞれの世代で流行したスポーツは歳をとっても続けていくという仮説です。私は後者が正しいと考えます。ゲートボールは、戦後に時間を持て余した高齢者の間で流行ったチームスポーツですが、その世代がいなくなったらやる人は急激に減少しています。では、それに続く世代は何をやっているか。テニスやスキー、フットサルをやっているかもしれない。それぞれの世代で共有したスポーツはずっと続きます。

ーーでは、今の世代でサッカーが全盛になったら、大人になってもずっとやっているかもしれない。

 「世代効果」が正しければ、将来フットサル場が高齢者で溢れかえっている可能性もあります。下の世代が違うスポーツをやっていれば、今度はその流れがくる。サーフィンをやっている人はサーフィンをやるし、スキューバダイビングをやっている人はそれを続けるんです。

●生涯スポーツの価値とビッグイベントの重要性

ーースポーツビジネスもその時代に生きる世代に合わせて常に変化させていかなければいけないということですね。

 それに加えて次に来るものを予測しなければいけません。我々は毎年トライアスロンの調査をやっています。競技者の平均年齢はだいたい40代前後で、始めたのが20代後半の人が多い。そういう人たちに「何歳までやりますか?」と聞くと、大部分の人が「何歳までも」と言うんです。「生きている限りトライアスロンをやるぞ」くらいのコミットメントがあるので、60代になってもトライアスロンを続けている可能性はありますよね。それは私の世代ではありえない話で、昔はトライアスロンなんてやらなかったし、マラソンも普通の人が走る距離ではなかった。でも今は関係なく、みんな平気でマラソンを走っています。フルマラソンは毎年のべ35万人くらいが走っていますからね。

ーーいまの若い人たちがやっているスポーツが近い将来、爆発的に流行する可能性がある。スポーツ参加が増えれば、スポーツ消費も増えて、スポーツ産業やスポーツビジネスがより盛んになっていくかもしれません。

 だからこそスポーツイベントの価値はすごく高くて、新しい施設ができるなどいろいろなきっかけになります。例えば2023年に女子サッカーW杯が日本開催に決まれば、新しいスタジアム構想がどんどん出てきますよね。

ーー2002年のW杯では実際にスタジアムがたくさんできました。ただ、あまりいい施設ができたとは言えません。そういった実際の大会を開催して得た知見を活かして、のちに長く使えるものを作らなければいけないのではないかと思います。

 そういった思想というか、物の考え方、ひとつのパラダイムを作らなくてはいけません。それは本を読んで学んで試験するようなものではなくて、ディスカッションしながら自分たちのプロジェクトとして何かを作り上げていくようなものです。そこで我々はスポーツビジネスの将来を担う人材を日本で育てるため、FIFAマスターを日本に呼んできたいなということでいろいろ交渉していました。ただ現状では費用面で難しいということでペンディング状態です。それでもFIFAマスター的プログラムの思想は我々も受け継ごうということで、「早稲田大学スポーツMBA Essence」を立ち上げました。

(編注:「FIFAマスター」とはスイスにあるスポーツ教育機関CIES(スポーツ研究国際センター)とFIFAが提携して運営している大学院のコース。スポーツに関する組織論や歴史、哲学、法律などを10ヶ月間かけて幅広く学ぶ。日本人卒業生は元サッカー日本代表の宮本恒靖氏ら9名。現在は元サッカー韓国代表のパク・チソン氏や、元なでしこジャパンの大滝麻未氏らが在学中)

●スポーツに精通したビジネス人材育成の重要性

ーーMBAは「経営学修士」とも呼ばれ、海外では修士号を取得できるプログラムとして定着しつつあります。一方で「早稲田大学スポーツMBA Essence」では学位は得られません。修了後のゴールとして、どういったことを狙っているのでしょうか。

 我々が狙いを定めたいのは、スポーツでビジネスとしての価値を作るノウハウがなくて困っている人たちです。最近では何十億円も払ってオリンピックのスポンサーになっても、それは同業種の競合他社に先んじて獲得しただけで実際に活用するアイディアを持っていないことが多くあります。ビジネスに強くてもスポーツを知らない人たちに、スポーツが何たるかを教えようというのが狙いのひとつです。

ーースポーツにおけるスポンサーシップは、その価値を高めるため「一業種一社」が原則です。そのため競合他社に負けじとオリンピックのスポンサーになるというのは容易に想像できます。ただ、そこで得た権利をビジネスに変える力が日本企業にはない。

 多種多様な人材が集まってくる「早稲田大学スポーツMBA Essence」に参加することによって、異業種間で新たなビジネス展開が生まれるかもしれません。学んだことは時間が経てば忘れてしまうかもしれませんが、人のつながりは形として残るので、スポーツMBAを通じていいプラットフォームができたらなと思っています。ノンディグリーのプログラムだからこそ、イノベーションの源泉である弱い紐帯(weak ties)と、多様な既存知が絡まったネットワークが誕生することを期待しています。そして最終的にはFIFAマスターのように、OB・OGがサッカー界だけでなく、いろいろな競技団体や企業に散らばっていく、そんな母体になれたらいいですね。

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原田宗彦
早稲田大学スポーツ科学学術院教授。専門はスポーツマネジメント。京都教育大学教育学部卒業、筑波大学大学院修了、ペンシルベニア州立大学体育・レクリエーション学部博士課程修了。鹿屋体育大学、大阪教育大学を経て2005年より現職。日本スポーツマネジメント学会(JASM)会長、日本スポーツツーリズム推進機構(JSTA)代表理事、Jリーグ理事など多数を務める。

(取材・文:舩木渉)

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