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「100年後も日本が一等国である価値を作る」京大発EVベンチャー社長が語る経営論【GLM小間裕康社長インタビュー】

5/12(金) 16:20配信

HARBOR BUSINESS Online

「和製テスラ」。おそらくその言葉を期待して集まった多くの記者たちだが、会見で語られたのは、「和製テスラではなく、EV版フェラーリを目指す」という新たな宣言だった――。

 4月18日、京都を拠点に活動するベンチャー企業GLMが新型EV「G4」の発表会を行った。高効率で高出力なモーターを車両前後に2機搭載、最高出力は400kW(540馬力)、最大トルク1000Nm、0-100km/h加速は3.7秒、最高速度は250kmというスーパーカーだ。2019年までの量産化を目指し、1000台を生産、想定価格は4000万円だ。

 前回は、G4のコンセプトやEV市場の将来性について伺ったが、今回は、GLM社長の小間裕康氏の人となりやベンチャー企業を創業するまでの苦労話などを聞いた。

――会見では「日本ものづくりへの貢献」を強調されていました。

小間:私たちは自分たちの子供や孫の世代が、日本でずっと暮らすために何をできるかを考えています。100年後も日本が一等国である価値を作るためにも、今ある良質な部品メーカーをきちんと盛り上げていかなければなりません。

――日本のメーカーはスーパーカーを作りづらい環境にあるのでしょうか?

小間:行政に開発費の補助金を申請してもことごとく落ちますね。国のお金をスポーツカーに投じる行為は公共性がないし、国民に顔向けできないと。ただ、果たして本当にそうなのでしょうか。国民のみなさんに贅沢な乗車経験を提供できれば、自動車に対する意識も変化し、自動車保有台率ももっと上がると思います。また、スーパーカーは部品メーカーが先端技術を試す試験場にもなります。

――確かに、一度試してみるのは必要かもしれません。

小間:僕はケータイ世代なので、可処分所得のほとんどが携帯代に消えていました。ただ、ひとつ前の世代だと、「いつかはクラウン」と言われていました。「社会で成功して、この車買おうぜ」という感覚さえあれば、日本ももっと上を向くことができるはずです。

――小間社長は、車はお好きですか?

小間:好きです。自分も何台か所有しています。それに自動車には先端の技術が詰まっていると思うんです。例えば、コモディティ化する前の家電は、ソニーが新製品を発表するたびにワクワク感がありました。自動車には今でもそういう感覚がまだ残っています。

――以前は人材派遣業を経営されていたようですね。

小間:はい。ただ、今、私がやっていることも人材派遣と何ら変わらないと思っています。私はエンジニアではありませんし、何の開発能力もありません。私の役割は面白い場を作ることなのです。「ここに来たら何かできるのでは?」という期待感を持ってもらい、超一流の人たちにどんどん集まってもらえる器を作っていくのが私の責任です。会社のHPには「自由を生み出す場所」というメッセージを掲げています。

――「自由」という言葉を選んだわけは?

小間:自由という言葉は、軽く捉えられてしまうかもしれませんが、自由を掲げて事業を継続させるのは難しいのです。好き放題やって、いろんな人が集まっても、会社は彼らを雇い続けなければなりません。自由というのはわがままな存在です。気をつけなければいけません。

――経営スタイルとしては放任主義に近いのですか?

小間:能力があればある人ほど、任されている仕事に責任感や義務感を持つことができるんです。一方、やりたいことだけやりたいという人はきっと無責任で、能力もない。本当に能力がある人は「これは自分のブランド」という責任感を持ち、凄まじい力を発揮してくれると思うんです。それは派遣業でも変わらないし、今でもエンジニアやマーケティングなど、全員がプロ意識を持って仕事をしています。

――会社経営に興味があったのでしょうか?

小間:もともと何かをやってみるのが好きでした。高校生のとき、ザ・ブルーハーツが流行って、私も楽器を始めたのですが、人気のギターやベース、ドラムは先に取られていた。そこで、あまっていたキーボードを選んだのですが、当然、幼少期から習っている人には敵わない。そこで、違う方法で音楽を楽しめないかと思い、打楽器みたいなピアノの弾き方を思いついたんです。自分の苦手なメロディを他の楽器に任せたりして、オリジナルのアンサンブルを作ったりしていました。

――なるほど。新しい物事を始めるのが好きだったんですね。

小間:これって実は会社経営にも似ていて、自分が足りない要素を他人に任せていってアンサンブルでやると、全く新しいサウンドができるんです。そしたら、これは面白いと、色んな人に、色んなところに呼んでもらえるようになった。僕はただ自分が演奏したくて始めたバンドに、メンバーが集まってきた。彼らが食っていくために、出演料をもらうようになると、いつの間にか新しい仕事が回ってきて、利益が出るようになり、そこから派遣業に繋がっていきました。

――それがきっかけで、パソナ代表の南部靖之さんともお知り合いに?

小間:非日常や違和感って爪痕みたいなもの。そういうものがあったほうが人生楽しいと思うんです。ある日、ショッピングセンターの吹き抜けのホールで演奏していたとき、「今日は南部代表も来るよ」と、社員さんに言われたんです。そこで、どうやって社長に喜んでもらえるか、こんな素晴らしい場所を提供してくれた恩返しができるかを考えたんです。そして、代表が見に来た瞬間、盛り上がっていた演奏を全部止めて、手を振りました。それ以降、僕のことを「面白いな」と気にかけていただけるようになりました。

――すごい出会いだったんですね。

小間:そのとき、ベンチャーって面白いと思ったんです。大企業なら何十年の期間をかけて事業を発展させるところを、わずか10数年で多角化経営まで成し遂げている。一代で、いろんな楽しみを提供できることがあり得るのかと思いました。私の祖父が事業を経営をしていたこともあり、働くよりも自ら何か生み出したいという思いは強くなりました。

――お祖父様も経営者だったのですか?

小間:建設関係で10人、20人くらいの会社だったのですが、公共事業を受注したり、質実剛健な仕事ぶりだったようです。そもそも身内の別の人間が経営していた会社が、大借金を抱えてしまい、いつの間にか祖父がその社長にさせられていたようです。本当は早々に事業を畳む予定だったのですが、『これは運命だ!』と一念発起して、借金を全額返済するまでやっていたと聞いています。

――それは自分でも挑戦したくなりますね。

小間:そうですね。あとは自分が一度やったことに対して、巻き込んだ人たちに責任が生まれること。この責任だけはきちんと取るように、ずっと教育されてきました。どちらかと言うと、私は好きなことばかり仕事にしていますが、資本金だけでも30億円と、私個人では一生かかっても返せない額をいただいています。彼らの期待や派遣等も含めて、30人以上にまで増えた社員の期待を裏切らないためにも、もっともっと自由に仕事ができる場所を作り続けていきたいですね。

<取材・文/井野祐真(本誌)>

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最終更新:5/12(金) 16:43
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