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ユーベ、セリエB降格からの復活劇。低迷の数年間を経て、華々しい再成長もたらした3要因

5/13(土) 10:01配信

フットボールチャンネル

 16/17シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝進出を決めたユベントス。ファイナルの舞台は9回目と名門中の名門だが、2000年代中旬にセリエB降格を経験して以降、いかにしてその強さを取り戻したのか。この実直な復活劇は、3つの要因によってもたらされたと言えそうだ。(取材・文:神尾光臣)

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●スキャンダルでセリエB降格を経験。幹部陣も退陣

 9日、ユベントスは通算で9回目となるUEFAチャンピオンズリーグ決勝進出(前身のチャンピオンズカップ含む)を果たした。2006年のカルチョポリを受けてセリエBに転落し、経営陣が変わってからはこれで2度目となる。

 その当時を振り返ると「2度とユーベはトップに返り咲けないのではないか」という悲観的な見方さえされていた。B降格にあたって、彼らは戦力の縮小を余儀なくされた。

 ファビオ・カンナバーロを筆頭にジャンルカ・ザンブロッタにエメルソン、リリアン・テュラムにパトリック・ヴィエラ、そして何よりズラタン・イブラヒモビッチと、ビッグネームの多くが他のクラブに引き抜かれた。

 しかしそれ以上にクラブの根幹を揺るがしたのは、辣腕を振るってクラブの規模を大きくした幹部が退陣を迫られたことだ。一連の不正行為の主犯格とされたルチアーノ・モッジGD、アントニオ・ジラウド代表取締役は、5年間の活動禁止処分を言い渡される。

 容疑の掛からなかったロベルト・ベッテガ副会長も、対外イメージの浄化を希望する親会社の意向もあって要職から退いた。他クラブやリーグに支配的な影響さえ与えていた『トリアデ(三人衆)』が去ったことを、将来的な弱体化の根拠に上げる向きは少なくなかった。

 実際、1年でセリエAに復帰した後も数年間はトップには返り咲けなかった。ユベンティーノたちがどこよりも敵視するインテルが絶対的な強さを誇示していた一方、ユベントスの補強には筋が通らず低迷が続く。不満を募らせていたファンの様子は、チームの不振に苛立つ今のインテリスタやミラニスタと通じるものがあった。

 しかしユーベの運命は、2011年からガラッと変わった。かつての主将アントニオ・コンテが監督に就任し、チームに攻撃的な戦術と闘志を植え付ける。アンドレア・ピルロやアルトゥーロ・ビダルらの新戦力も加わって3連覇を達成。

 2014年にコンテ監督は退団するが、その後は知将マッシミリアーノ・アッレグリがうまくチームを引き継ぎ、ライバルたちの弱体化もあったとはいえ国内で6連覇目前。長期間の低迷すら危惧されたクラブは、イタリアのみならず欧州の強豪の一角にも返り咲いている。

●ユベントス・スタジアム運用で激増した興行収入

 それにしても一度は地に落ちて復活にも手間取ったクラブが、なぜこんなに華々しく、そして安定した再成長を遂げることができたのか。その要因は3つ挙げられる。

 一つは、2011年から運用を開始したユベントス・スタジアムだ。ピッチがスタンドから非常に遠くて客を逃し、無駄に巨大で維持費もかかり、しかもトリノ市所有で好きに改善できないデッレ・アルピに悩まされ続けたユーベにとって、専用スタジアムは絶対的に必要なものだった。

 2002年に99年間にわたるデッレ・アルピの独占管理権を取得していた彼らは、2008年3月に正式に改築を決断。集客数は40000人程度に抑えながら、歓待施設を充実させ、確実に利益の出せる近代的なスタジアムに生まれ変わらせた。

 ユベントス・スタジアムの運用が開始されてから、クラブの収入は大幅に改善。スターディオ・オリンピコを借りていた時代と比べ、入場料をはじめとした施設内での興行収入は実に3倍以上に改善している。むろん、閑古鳥が泣いていたデッレ・アルピの時代とは比べるまでもない。

 もう一つの理由は、中長期的な視野でクラブ経営とチームの強化に筋を通した有能なディレクターがついたこと。それが、現在のGDであるジュセッペ・マロッタその人である。

 19歳の時にヴァレーゼの下部組織の運営責任者となってから、様々なクラブを渡り歩いて経営に携わった実務のプロだ。やがてヴェネツィア、アタランタなどのAクラブを歴任し、2002年から8年間に渡って仕事したサンプドリアではクラブを最高位4位にまで引き上げた。

 強みは若手を中心とした選手の目利きと、クラブ経営収支を圧迫せずに効果的な補強を図るバランス感覚。やや伸び悩んだ選手を再生させて価値を上げ、ビジネスに活かすのもうまい。放蕩の末レアル・マドリーで崩れていたアントニオ・カッサーノを再生させたのは代表例の一つだった。

●敏腕ディレクターの堅実補強。経営体力も増大

 2010年、経営の立て直しに悩んでいたユーベはマロッタの引き抜きを決めた。そして彼は、サンプで見せた堅実な経営手腕を新天地でも見せた。高額のビッグネームには手は出さず、戦力のバランスを重視して必要な選手を獲得する。その一方で、有能な若手には積極的に投資する。現在DFラインの支柱となっているレオナルド・ボヌッチは、マロッタが就任早々に行なった最初の補強だった。

 もちろん大型補強を望むファンからの不満も浴び、最初の頃はメディアも声高に批判した。しかしバランスの取れた戦力を監督に用意し、就任2年目でチームは優勝。獲得した若手は着実に育ち、価値を上げた。

 ビダルやレアル・マドリーから一度権利を買ったアルバロ・モラタ、そしてポール・ポグバなどはかなりの売却益をクラブにもたらした。しかも、選手の出入りが多い割に穴は確実に埋まる。カルロス・テベスが帰国した後にはパウロ・ディバラが成長して戦力になったが、これはマロッタが確かなロードマップを描いてチームの強化を考えていた証拠だ。

 このようにして経営体力をつけたユーベは、今シーズンには高額の移籍金を積んでゴンザロ・イグアインやミラレム・ピャニッチを買えるまでになった。「2年前のCL決勝では、我われは優勝を目指す準備ができていなかった。しかし今回、チームには自信がついている」とマロッタは地元メディアに語っている。

●古参選手たちが引き継いだ伝統

 ただこのチームの強みは古参の選手たちを大切にし、彼らがクラブの伝統をちゃんと引き継いだという点にもある。これが、再生に至った第3の理由である。

 セリエB降格時代を戦ったジョルジョ・キエッリーニやクラウディオ・マルキージオは、今日もチームの屋台骨を支えている。そして前キャプテンのアレッサンドロ・デル・ピエロ、そして現キャプテンのジャンルイジ・ブッフォンは、B時代やその後の低迷期にもクラブを去らず、ユーベの選手には何が必要なのかを仲間に伝え続けた。

 9日の準決勝モナコ戦2stレグの後半、ゲームを流しに入ったユーベはショートコーナーからキリアン・ムバッペにゴールを許した。その直後ブッフォンは怒りを露わにし、勢いも激しくチームメイトを叱咤していた。その後確かにチームは引き締まり、堅実に試合をまとめている。仕方ないと済ませがちなところでも、厳しく集中を求める。最終ラインのみならず、全選手に徹底された守備意識は、こうして育てられているのだ。

『フィーノ・アッラ・フィーネ(最後の最後まで)』。このクラブがスローガンとしていた言葉は今も選手たちが口にする。近代的なスタジアムを造り、経営を抜本的に変える一方、クラブとしてのアイデンティティーは大切にしたからこそ、この実直な復活劇は成し遂げられた。

「優勝を狙うに機は熟したと思う」。モナコ戦後にボヌッチは言った。カーディフで結果を出せるか。

(取材・文:神尾光臣)

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