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文在寅新大統領のファンタジー史観は凄い --- 八幡 和郎

5/13(土) 8:11配信

アゴラ

「朝鮮半島の南北は同胞であり、同じ言語を喋り、五千年間も同じ文化に育ってきた」とは、文在寅新大統領の言葉である。壇君による建国伝説というのがあるが、正史である「三国史記」にも乗っておらず、民間伝承が近代になって国家的に公認されるようになったものだ。

その建国は紀元前2333年とされてきたが、近年、北朝鮮では適当な古墳を壇君お墓だといいだし、その墓が五千年前だと言い出している。文在寅のいう五千年はそれに倣った「従北」の結果なのだろうか。

さらに、この壇君伝説にせよ、殷の残党による箕子朝鮮、前漢時代の燕の残党による衛氏朝鮮にせよ、朝鮮民族や韓国・朝鮮国家とは関係ない話だ。

客観的にみて、韓国・朝鮮国家のルーツは新羅だ。紀元前後から半島南部には群小国家があり、辰韓、弁韓、馬韓のみっつのグループがあった。このうち、辰韓の小国家のうち新羅(その建国には日本人がかかわりとくに王家のひとつは日本人が始祖だ)は、四世紀に半島南部の主要国家のひとつに成長した。

新羅は高句麗に従ったり、日本に従ったり(五世紀の中国南朝からは日本の従属国家として認められている)しながらも成長し、やがて、日本領の任那を侵略した。

さらに、高句麗や日本の友好国だった百済(いずれも満州の扶余族が建国したもので言語は失われて不明だがまったく韓国語とは別系統の言語だとみられる)を唐が併合するのを新羅は援助し、新羅自身は唐の特殊な従属国家として存続を許された(暦・姓名・服制を唐風にした)。このとき、王家を含めて支配層の多くは日本に亡命して帰化人として同化し、皇室にも王家の血脈は伝えられている。

そののち、唐が高句麗残党らが建国した渤海と戦うのに助力する条件で、百済の故地と高句麗の一部(平壌以南)を併合することを認められた。

新羅の継承国家である高麗は、その建国に高句麗移民がかかわっていたことから、高句麗も自国の歴史の一部のようにいうが、遺民が建国に関わったとしても、国家の継承としては百済も高句麗も唐に併合されたはずだし、支配層の多くは日本が引き取っているのである。

また、平壌以北を併合したのは高麗や李氏朝鮮の時代である。

さらに、書き言葉としての韓国・朝鮮語は、もともと正式文書としては用いられたことがなく、14世紀にハングルが発明されても補助的な役割にとどまり、ハングルの正式表記法が確立されたのは日本統治下であり、漢字ハングル交じり文は日本人が日本語を参考に発明し普及させたものだ。

また、百済が軍事援助と引き替えに日本が大陸文明を受容するのに大きな役割を果たしてくれたのは事実だが、その主役のほとんどは、百済在住者も含めた漢人である。

以上のような歴史が客観的なものであって、上記の「朝鮮半島の南北は同胞であり、同じ言語を喋り、五千年間も同じ文化に育ってきた」などという歴史認識はファンタジーに過ぎない。

そういう歴史認識を持つ人物と、「(歴史問題に関し)両国の未来志向的発展の障害になってはならない。賢く克服していく必要がある」といわれても、どうしたものか。

といってもまともな歴史認識を持てと言っても無駄だから、互いに好きなように解釈すればよい。

そのときに、日本人がむこうのファンタジーに歩み寄ってもなんらうるものはない。さらにどんどんエスカレートするだけだ。

たとえば、戦後になって北朝鮮が歴史上一度も韓国・朝鮮史の一部ととらえられたことはなく、日本への朝貢国だった渤海を朝鮮民族の国家だと言い出すと、韓国もそれに同調し、新羅・渤海の南北国時代だと言い出した。これほど妄想を膨らませながら歴史観が変遷していく国は滅多にない。

まず、日本人が客観的に正しい歴史観をしっかりもったうえで、相互にその認識の違いを知り、さらに何世紀もかかって埋めてめていくしかない。

しかし、だからといって日韓関係に私は絶望しない。最初がよかったことであとで絶望することも多いが、最初が悪ければ改善するのみだ。そこに期待したい。

また、朝日新聞が在日韓国人の動きについて面白い記事をまとめているが、彼らが日韓のあいだにたって溝を埋めていって欲しいものだ。

“日韓関係「いい方向に」 新大統領に望む声 在日コリアン(朝日新聞デジタル)(http://www.asahi.com/articles/DA3S12929313.html)”

八幡 和郎

最終更新:5/13(土) 8:11
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